2022/03/12

第6部 水中遺跡   21

  博物館の駐車場に来ると、デネロス少尉が再び質問した。

「どうしてグラダ大学は海中遺跡の研究をしていないのですか?」

 ロホがケツァル少佐を見た。答えを知っているが、上官に任せたいと言う顔だったので、少佐が答えた。

「いくつか理由があります。第1は、海中遺跡に興味を持った研究者がこれ迄いなかったからです。第2は、海中調査は膨大な資金が必要です。船や潜水具、安全対策、全て国民の税金で賄われている大学の予算から割り当ててもらえるのは至難の業です。第3は、カラコルがヴェルデ・シエロと無関係だと考えられているからです。」

と言ってから、彼女は周囲を見渡し、自分達以外に人がいないことを確認した。そして声を顰めた。

「無関係ではなく、禁忌の場所だったからです。」
「禁忌?」

とアスルがおうむ返しに尋ねた。今度はロホが答えた。

「カラコルはヴェルデ・ティエラの町だった。住民は船で交易をしていた。相手は当然ながら外国だ。そして交易相手がある商品を望んだ。相手国の支配者が欲しがったのだ。」
「何を望んだんだ?」
「ジャガーだ。ジャガーの毛皮ではなく、生きたジャガーを望んだ。恐らく王権の象徴として飼育するつもりだったのだろう。セルバではジャガーを狩ることは古代から禁止されている。ジャガーは神だからな。しかし、カラコルの商人達はその禁忌を犯したのだ。」

 少佐が素早くその後を引き継いだ。

「カラコルの住民は3頭のジャガーを捕まえました。金色のジャガー、黒いジャガー、そして白いジャガーです。」
「え?」
「白いジャガー?」
「黒いジャガーって・・・?」

 アスル、デネロス、そしてギャラガがびっくりして少佐とロホを見つめた。少佐が言った。

「勿論、文献に残っているのではなく、ロホの実家の様な旧家に言い伝えられている話です。金色と黒のジャガーは恐らく動物のジャガーだったのでしょう。動物でもジャガーは捕ってはいけないことに変わりありません。」
「白いジャガーと言うのは?」
「恐らく”聖なる生贄”となる人だったのです。決して他人に見せてはいけないナワルを使った時に見つかって捕まったのだと考えられています。”聖なる生贄”を捧げられるのはヴェルデ・シエロの”暗がりの神殿”だけです。絶対にヴェルデ・ティエラが触れてはいけない人なのです。しかし、カラコルの商人達はその人を外国人に売り渡そうとしたのです。」

 ロホが実家に伝わるその物語を締めくくった。

「ママコナが白いジャガーの危機を察知した。彼女は全国の一族に触れを出したのだ。”聖なる生贄”を外国に渡してはならぬ、一族を汚すカラコルを罰せよ、と。」

 暫く沈黙してから、ギャラガが口を開いた。

「それでカラコルの町があった岬は海の底に沈んだのですね?」

 伝説です、と少佐が囁き、ロホが言った。

「だから、一族の血を引く考古学者はカラコルの遺跡があの海底にあると知っていても無視を続ける。モンタルボ教授は一族とは無関係だし、彼が遺跡を研究しても我々は文句を言えない。だが、我々があの遺跡を研究することはない。」

 夕食はセルド・アマリージョで取ろうと言うことになって、少佐のベンツとロホのビートルにそれぞれ適当に分乗した。ハンドルを握ったケツァル少佐は思った。

 ジャガーを冒涜した町をムリリョ博士はきっと嫌悪されているのでしょうね。




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