昼食は幼い子供の希望でハンバーガーショップで取った。Tシャツにデニムのボトムと言うラフな服装のケサダ教授は珍しいが、子煩悩な父親ぶりを発揮する姿も滅多に見られるものではない。それにアンヘリタ・シメネスは5歳で、最初は人見知りしているのかと思えたが、そうではなかった。3色の糸でミサンガを編み上げると、精神集中させる物がなくなったので、突然お茶目で騒がしい普通の子供に変身した。テオの隣に座りたがり、テオの腕時計に興味津々だった。普通の金属フレームの時計なのだが、熱心に見つめるので、テオは時計を外して持たせてやった。ケサダ教授が娘に「壊すなよ」と注意を与えた。
テオは教授に水中遺跡に興味ありませんかと訊いてみた。ケサダ教授はないと答えた。
「海岸に近い遺跡は船で交易していた可能性が高い。私は陸路の交易を研究しています。歴史の中で消えていった古の街道を探しています。水中遺跡は他の人が研究してくれればそれで良いのです。」
「そうですか。海の底に沈んだ街と言うものに、俺の様な考古学の素人はロマンを感じますがね。」
「ロマンですか。」
ケサダ教授は不意に娘からテオの時計を取り上げた。もう少しで時計をオレンジジュースの中に突っ込むところだったアンヘリタが抗議の声を上げたが、父親は取り合わなかった。時計のベルトを紙ナプキンで拭ってから、彼はテオに時計を返した。
「私が水中遺跡に興味を抱かない最大の理由は、水に潜るのが好きでないからです。」
と彼は正直に告白した。
「川や沼なら泳ぐことも苦になりませんが、海は塩分が目に染みるでしょう。それに果てしなく水が広がっている。そんな中に身を浮かべると、どこかへ流される様な気がして怖くなります。」
「俺は沼が苦手で・・・」
テオも告白した。
「ヌルヌルした藻や水草が脚に絡まるのがなんとも言えない恐怖です。」
するとアンヘリタが言った。
「パパはワニを捕まえられるよ。」
恐らくナワルを使ってと言う話だ、とテオは思った。それで彼は言った。
「俺はサソリを捕まえられる女の子を知っているぞ、アンヘリタ。」
「リタよ。」
とアンヘリタが言った。
「リタって呼んで。」
「リタ?」
「スィ。サソリは簡単だから。採り方を教えてあげようか?」
「早く食べなさい、アンヘリタ。」
娘に注意を与えてから、ケサダ教授はテオに言い訳した。
「私はワニ狩りなどしたことがありません。この子が勝手に思い込んでいるだけです。」
「そうでしょうね。」
多分幼女はテレビか何かの媒体で、野生のジャガーがワニを捕食する映像を見たのだ、とテオは思った。そして何故かそのジャガーを父親だと思い込んだのだろう。しかし彼女の父親はジャガーではない。彼は決して我が子にもそのナワルを見せないだろう。
「もしクエバ・ネグラ沖の遺跡がカラコルと言う街だとしたら、調査なさりたいですか?」
「カラコル?」
ケサダ教授はフンと鼻先で笑った。
「興味ありません。カリブ海諸国と船で交易をしていた街です。私の街道研究の対象外ですよ。」
随分とはっきり言い切ったものだ、とテオは内心呆れた。それともヴェルデ・シエロの考古学者達は自分達の祖先が関わっていない遺跡を知っているのだろうか。
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