2022/03/13

第6部 水中遺跡   22

 テオは夕日が沈み切る前にアントニオ・ゴンザレスから連絡をもらい、シティ・ホールに迎えに行った。ゴンザレスは昔馴染みの警察官と研修会場で出会って、彼等にテオを紹介した。地元グラダ・シティの警察官が案内して、彼等は彼の行きつけの店を数軒梯子した。テオもオヤジ達に引っ張られ、あちらこちら飲み歩いた。

「何の研修をしたの?」
「決まってるだろう、麻薬取締関連さ。」

 研修は土曜日だけで終わったので、年を取った警察官達はすっかりご機嫌だった。難しいことは憲兵隊に任せて、自分達は街中で不審人物を取り締まるだけだ。彼等は研修内容については口が固かったが、研修会を主催した内務省のお役人達の悪口には大いに盛り上がった。テオは苦笑しながら彼等の愚痴を聞かされた。
 4軒目の店を出て、やっとゴンザレスが「家に帰ろう」と言ってくれたので、テオは車を運転するには飲み過ぎたと気がつき、タクシーを拾った。彼の車は路駐のままだが、車上狙いに遭わないための秘策を施しておいた。フロントガラスの内側に、緑色の鳥のシールを貼ったプレートを置いたのだ。これは大統領警護隊御用達の業者が使用を許されている「駐車違反御免」のプレートだ。交通警察のお目溢しに預かれるし、車上狙いも寄り付かない。大統領警護隊は出入り業者に損害を与える者に対して容赦しないからだ。何の業者だと訊かれれば、テオはこう答えただろう。「遺跡の出土品の年代特定検査業者だ」と。ミイラの遺伝子鑑定は年代特定に入るのだ。
 自宅に帰り着くと、アスルはまだ戻っていなかった。ゴンザレスはシャワーを浴び、客間に入るとすぐ寝てしまった。長距離バスと研修と酒で疲れたのだ。一日暢んびり過ごしたテオはまだ眠る気にならず、自室に入ってパソコンでニュースを見た。
 大統領警護隊本部官舎の門限の頃になって、アスルが帰って来た。テオは物音で彼がシャワーを使う気配を知り、床にマットレスを広げて置いた。
 ドアをノックしてアスルがテオの寝室に入って来た。テオがパソコンの電源を落とそうとすると、「気を遣うな」と言った。彼はマットレスの上にゴロリと寝転がった。テオは声を低くして話しかけた。

「マハルダの報告会は上手く行ったかい?」
「スィ、彼女は大学でも優秀だからな、合格点をもらえた。」

 未許可場所での喫煙者の発見をしくじった点を指摘したことをアスルは黙っていた。大した問題ではないからだ。デネロスは次回から用心する筈だ。そう言えば、とテオは昼間出会った人物との会話を思い出した。

「俺は公園で散歩していてケサダ教授と出会ったんだ。教授はお嬢さんと散歩中だったので、一緒にハンバーガー屋に行って昼飯を食った。」

 アスルは彼の報告を気のない顔で聞いていた。眠たいのかも知れない。テオは急いで本題に入った。

「グラダ大学の考古学者達はクエバ・ネグラの海中遺跡に全く興味がない様だが、どうしてだろう。ヴェルデ・ティエラの遺跡でも地上のものはちゃんと発掘調査をしているのに。」

 アスルは簡単に答えた。

「本当に興味がないからだ。水中調査に使う金がないからだ。そしてカラコルはヴェルデ・シエロにとって禁忌の場所だからだ。」

 え?とテオは彼を見つめたが、アスルは毛布を体にかけて、彼に背を向けた。そしてモゴモゴと呟いた。

「詳しく知りたければ、彼女に聞け。」

 

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