2022/03/15

第6部 訪問者    4

  小間物屋の名前はペケニャ・カンシオン・デ・アモール(小さな恋の歌)と言った。いかにも女性が好みそうな色彩豊かで可愛らしい装飾品や衣装が狭い店内にぎっしりと展示されていた。店主は30代半ばのメスティーソの女性で、地元の学生らしい若い女性グループの接客に忙しそうだった。
 テオは彼女に声をかけ、店内を覗いてみた。香水は奥のガラス張りの小さなショーケースの中に小瓶で販売されていた。6種類あって名前がついているが、ベアトリス・レンドイロ記者が付けていた銘柄は紫色の小瓶に入っていた。値段はコーヒー10杯分だ。
 店主が声をかけて来た。

「何をお探しですか?」

 テオは店の外に立っているケツァル少佐とデネロス少尉を見た。

「友達に贈り物をと思って、香水を選んでいるんだが、どんな香りかテスティング出来るのかな?」
 
 すると店主はそばにやって来て、ショーケースの後ろからテスティング用のスプレイを6本出してきた。そこから選ぶように、と言ってまた先客グループのところへ戻った。
 テオは少佐達を手招きして、サンプルを見せた。

「試してみるかい?」

 少佐がスプレイの1本を手に取り、何もしないで噴出口に鼻を近づけた。そしてすぐに顔から遠ざけた。テオは彼女が可愛らしいクシャミをするのを初めて見た。デネロスが別のスプレイを手にした。彼女は何も感じなかったので、スプレイを空中に一押しした。シトロンの様な爽やかな香りが漂った。少佐もそれは反応しなかった。香りが消える頃に3本目を試し、それも2人は反応しなかった。結局5本は何も起こらず、最初のスプレイをデネロスが最後に試し、やはり彼女もクシャミをした。テオはショーケースを見た。間違いなく紫色の小瓶の香水だ。
  店主が戻ってきた。

「お気に召すものがありましたか?」

 テオは紫色の小瓶を指差した。

「これはどんな成分を使っていますか?」

 店主がニヤリと笑った。

「企業秘密ですわ、セニョール。」

 まぁ、そう言うだろう。テオはアンブロシアと名付けられたその小瓶を1本購入した。
小瓶を小さな可愛らしい箱に入れながら店主が囁いた。

「これは神様を見つける香水なんですよ。」

 テオとケツァル少佐は顔を見合わせた。デネロスは平静を装って黙って立っていた。

「神様を見つけるって・・・」
「私の母方の先祖は南部のジャングルで焼畑をしていた部族なんです。時々ジャングルにジャガーが出没して人や山羊を襲うので、ある種の植物を畑の周囲に植えたそうです。ジャガーはその草自体は平気なのですが、花粉に反応してクシャミをするのですって。だから隠れていてもクシャミで存在がわかるので、ジャガーを見つける草、つまり神様を見つける草と先祖は呼んでいたそうです。」
「その植物の成分がこの香水に入っているのですか?」
「色々な成分を混ぜて作っていますけど、代表してその草の特徴を売りにしています。神様を見つけられたら、幸福が来るじゃないですか。」

 小間物屋を出て、テオとケツァル少佐、デネロス少尉は飲食店街に向かって歩いた。デネロスは最後に噴射した香水アンブロシアの影響がまだ鼻に残っており、ハンカチで顔を押さえていた。

「あんな強烈なものだとは思いませんでした。ケサダ教授が悩まれたのも納得です。」
「恐らく、クシャミが出た学生達も先祖にヴェルデ・シエロが混ざっているんだろう。」

 テオは、ブタクサだよ、と少佐に囁いた。少佐はなんとも言えない情けない表情をして見せて、彼を笑わせた。

「まさかブタクサで神を見分けるとは想像もつきませんでした。」
「農民の知恵だな。勿論畑に出没したのは本物のジャガーだったんだろうけど・・・」

 君達の体質はかなりジャガーに近いんだな、とテオは心の中で思った。デネロスが提案した。

「敵が一族の末裔だったら、この香水を使った武器で撃退出来ませんか?」
「止しなさい、しくじると自滅しますよ。」

 テオは香水の香りが漂う戦場を想像して苦笑した。

「買ってはみたものの、分析して残った香水は捨てるしかないな。」


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