2022/03/14

第6部 訪問者    3

  夕刻。テオは早めに大学を出て文化・教育省の駐車場に車を置いた。定時に省庁が閉まり、職員達がゾロゾロビルから出て来た。ケツァル少佐は珍しくデネロス少尉と共に階段を下りて来て、彼女も同伴して良いかと訊いた。悪い訳がない。少佐がベンツを使うと言ったので、テオは後から出て来たアスルに己の車のキーを預けた。今日は男の部下は連れて行かないつもりの少佐が、アスルに微笑んで見せた。アスルはギャラガに声をかけ、2人でテオの車に乗り込んだ。最後に出て来たロホがアスルと視線を交わしたので、テオは男の部下3人で何処かへ行くのだろうと予想した。
 ベンツの助手席にテオが座ると、デネロスが後部席に乗り込んだ。

「小間物屋で研究用サンプルを購入って、何の研究なんです?」

とデネロスが車が動き出してすぐに質問した。テオは隠す必要がなかったので、正直に答えた。

「今朝大学に客が来たんだが、その人が強烈な匂いの香水を身に付けていたんだ。俺は匂いがきついと思った程度だったが、以前同じ人がケサダ教授を訪問したことがあって、その時教授と学生数人がクシャミが止まらなくなって困ったことがあった。」

 少佐が運転しながら、ああ、と呟いた。ロホがケサダ教授のクシャミから強大な気の衝撃波を感じ取った話を思い出したのだ。デネロスがまた尋ねた。

「クシャミって、その香水が原因なんですか?」
「それしか原因を思いつかないって教授が言っていたからね。」
「その香水をこれから買いに行くんですね?」
「スィ。」
「それだけなら少佐を誘わなくても・・・」

とデネロスが言いかけた。テオは素早く彼女を遮った。

「その客が大統領警護隊文化保護担当部の隊員と会いたがっているんだ。それに昼に現れた別の人物もやはり君達に繋ぎをつけて欲しいと言ってきた。」
「2組の客ですか?」

 と少佐。テオは「スィ」と答えた。

「どちらもクエバ・ネグラ沖の海中遺跡発掘の現場を取材したいと言うんだ。モンタルボ教授に話を持って行ったら、大統領警護隊の許可をもらえと言われたそうだ。」
「モンタルボ教授は念願の発掘許可を部外者に台無しにされたくないのでしょう。」
「誰なんです、その人達? 香水をつけていたのは女の人ですよね?」

 それでテオはシエンシア・ディアリア誌のベアトリス・レンドイロ記者とアンビシャス・カンパニーと言うPR動画制作会社のチャールズ・アンダーソンと名乗るアメリカ人の話を語った。

「シエンシア・ディアリア? どんな雑誌なんですか?」
「俺も知らない。ショッピングモールに書店があるだろうから、探してみよう。 それに、もう一つ気になることがあるんだ。」

 テオはチャールズ・アンダーソンがテオの元に先客があったことを知った時に警戒した様子だったことも語った。アイヴァン・ロイドと言う名前をアンダーソンが出したと言うと、少佐が首を傾げた。

「モンタルボ教授の元に電話を掛けて来て、クエバ・ネグラ沖に宝物が沈んでいると言う話はないかと訊いた人物かも知れませんね。」
「俺もそう思う。だけど、何故カラコルの遺跡にそんなに注目が集まるんだ? 沈没船や財宝の伝説でもあるのかい?」
「そんなものはありません。」

 少佐が速攻で否定した。

「カラコルは外国との貿易で栄え、地震で突然海に沈んだ街、と言う伝説が残っているだけです。実在した街だと言う物証はまだ見つかっていないのです。ですからモンタルボ教授はカラコルの実在を証明しようと躍起になっている訳です。」
「カラコルは実在したのかい?」

 テオの質問に少佐はすぐに答えず、デネロスも戸惑った。

「実在が証明されていない場所としか言いようがありません。」

と少尉は言った。

「モンタルボ教授は海の底が平らなので、人工的な道路か建築物の一部だと考えているのです。彼が考えている通りの物であれば、比定地としてカラコルであろうと言うことになります。出土物があって、それがカラコルの物と決定されれば、その場所がカラコルと特定されるでしょう。」
「何がカラコルの物だって印になるんだい? カタツムリ(カラコル)の絵でも描いてあるのかな?」
「それはスペイン語でしょう。セルバのティエラの古い言葉でカラコルは『筒の上』と言う意味です。」

 デネロスの説明にテオは「変なの」と呟いた。

「筒の上なんて名前の街だったのか? 地下が空洞にでもなっていたのか?」

 すると少佐が呟いた。

「そうだったのかも知れませんね。」


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