2022/03/16

第6部 訪問者    7

  その夜、テオは仕事を終えると大統領警護隊文化保護担当部の友人達を夕食に誘った。誘いに応じてくれたのはケツァル少佐、ロホ、そしてデネロス少尉だった。アスルとギャラガ少尉はサッカーの練習があると言って別行動だった。

「本当にサッカーに行ったのかどうか、わかったもんじゃありません。」

とデネロスが囁いた。

「最近、あの2人は中国の焼きそばにハマっていて、あちらこちらの店を食べ歩いているんです。」

 彼女の「密告」にテオ達は大笑いした。

「ラーメンじゃなくて、焼きそばかい?」
「スィ。麺の焦げた部分が美味しいそうです。」

 部下達に焼きそばの味を教えた張本人であるケツァル少佐が「責任を感じる」と発言したので、またテオ達は笑った。
 いつものようにバルの梯子をしながら、テオはカルロ・ステファン大尉が無事に3ヶ月の太平洋警備室厨房勤務を終えて首都に帰還したことを告げた。友人達と共にステファンが無事に任務を務め上げたことを喜び、太平洋警備室が新規一転で新しい指揮官と隊員達が地元民と上手くやっていくことを願って乾杯した。
 オルガ・グランデ近辺の遺跡に行くことがあれば、太平洋警備室を覗いて見ることも大事だろうとロホが提案した。本部やグラダ・シティ周辺の同胞から忘れられていると思わせてはならない。リモートの定時報告だけの接触では指揮官も孤独だろう。
 お腹が満たされる頃に、ケツァル少佐の電話に着信があった。少佐がポケットから電話を出し、かけてきた相手を見て、ギョッとなった。急いで店の外に出て行ったので、テオはロホを見た。デネロスもロホを見た。ロホは憶測を言葉に出す人ではないが、この時は少佐の電話の相手に見当がついた。

「司令部からでしょう。」

 彼はバルのスタッフに精算を依頼した。食事代をまとめて払い、それから仲間に店を出ようと合図した。
 テオ達が外に出ると、歩道の端で少佐が電話で話をしていた。意見を言うのではなく、ひたすら相槌を打ち、最後に「承知しました」と言って通話を終えた。デネロスが呟いた。

「深刻そう・・・」

 少佐が仲間のところへ戻って来た。ロホが代表して質問した。

「命令が出ましたか?」
「スィ。」

 少佐はテオをチラリと見た。民間人なのでテオが遠慮して距離を空けようとする前に彼女は言った。

「クエバ・ネグラのモンタルボ教授の調査隊が何者かに襲われたそうです。」

 一同は驚いた。モンタルボ教授はまだ本格的な発掘調査に取り掛かっていない。雨季明けに調査を始める前段階として、最初の発掘範囲を決めるために船の上からカメラを下ろして水中を撮影し、ダイバーが遺跡に触れることはしていない筈だった。トレジャーハンターが欲しがる物と言えば、撮影した画像だろうが、襲撃して奪う価値があるのだろうか。

「怪我人が出たのですか?」

 デネロスの質問に少佐は3人と答えた。

「教授は無事でしたが、助手が2名と撮影スタッフ1名が襲撃者に殴られて軽傷を負ったそうです。国境警備隊から本部への連絡でしたから、本部もその程度の情報しか得ていません。恐らく憲兵隊の方が詳しいでしょう。国境警備隊は遺跡発掘関係者の事件なので、文化保護担当部に知らせておくようにと本部に通報したのです。」
「それはつまり・・・」

 ロホが苦い顔をした。

「我々が発掘調査隊の警護を怠ったと言いたい訳ですね。」
「しかし、発掘はまだだろう? モンタルボは事前調査まで申請内容に含めていたのか?」

 テオの質問に、少佐が指を向けた。

「事前調査は申請内容に入っていません。地上遺跡と違って海面から下を覗くだけですから。我々の警護責任はまだ発生していません。」
「本部は何て言って来たんです?」

 デネロスが不安気に尋ねた。サン・レオカディオ大学発掘隊の警護で船に乗るのは御免被るとその顔が訴えていた。
 少佐が溜め息をついた。

「警護ではなく襲撃者の正体を突き止めよとエルドラン中佐が仰せです。もし我々が動かないのなら、遊撃班を送るそうです。」
「遊撃班は遺跡の知識がありません。カルロはまだ厨房勤務ですから、残りは考古学のど素人ばかりですよ。」

とロホ。

「行くしかないですね。」

と少佐がまた溜め息をついた。雨季前なので雨季明けの発掘申請が多い季節なのだ。

「私が行きます。ロホは指揮官代行をなさい。最終の署名は私がしますが、再検討が必要ないよう、しっかり予算検討を詰めておきなさい。」
「承知しました。」
「マハルダは近郊遺跡の巡回監視をしっかりとしておくこと。こそ泥は容赦しない。」
「承知しました。」
「アスルは申請受付です。今回はアンドレを連れて行きます。」
「アンドレをですか?」
「あの子は海で泳げます。」

 ああ、とロホとデネロスが納得した。
 テオは当然ではあるが蚊帳の外感が拭えなかった。こんな時は民間人であることが寂しい。

「遺伝子分析が必要な捜査はないのかなぁ・・・」

 しかし、デネロスが学生らしい意見を言った。

「アルスト先生は期末試験の準備で忙しいでしょ?」

 そうだ、その仕事がこれから始まるのだ。テオはがっくりときた。



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