2022/03/16

第6部 訪問者    8

  上官からの突然の呼び出しにすぐに応じられるのが優秀な軍人だ。アンドレ・ギャラガ少尉は必要最低限の宿泊装備等荷物を入れたリュックを常に持ち歩いている。指定された場所に現れた彼は、微かに中国料理の匂いを漂わせていたので、ケツァル少佐は思わず失笑した。彼と同行していたアスルはテオドール・アルストの家に帰って行った。
 ”心話”で司令部からの情報を伝えられたギャラガは、すぐにクエバ・ネグラの街と海域の地図を検索した。

「襲撃場所は陸上ですか、海上ですか?」
「事件発生は夜になってからですから、陸上だと思います。暗くなってから海の底を見たりしないでしょう。」

 ケツァル少佐はベンツの助手席に彼を乗せ、現地に到着する迄眠るようにと命じた。ギャラガはまだ上官のベンツの運転をさせてもらったことがない。

「ハイウェイ上を走る間は私が運転します、少佐。」
「では、お願いします。私は少し飲んでいるので。」

 ギャラガは運転を申し出て良かった、と内心安堵した。少佐が後部席に移り、ギャラガは初めて運転席に座った。そして座席やステアリングを調整すると、走り出した。少佐はすぐ眠ってしまった。月曜日の夜のセルバ東海岸縦貫ハイウェイは空いていた。ギャラガは快調にベンツを運転して、夜が明けきらぬうちに国境の町クエバ・ネグラの市街地に入った。彼はベンツを国境警備隊の宿舎がある小高い丘へ向けた。町と海岸を見下ろせる場所だ。
 低いフェンスに囲まれた建物が2棟あり、門から向かって左が大統領警護隊、右が陸軍国境警備班だ。ギャラガは声を発した。

「国境警備隊の宿舎前に来ました。これからどこへ行きますか?」

 少佐がむっくりと体を起こした。窓の外を見て言った。

「夜明けまでここで休憩しましょう。貴方は眠らなければいけません。」

 ギャラガは門迄車を進めた。門衛は陸軍兵で、大統領警護隊の徽章を見せるとすぐに宿舎に電話をかけた。そして返答をもらうと、ギャラガに「どうぞ」と言った。

「宿舎の中に入っていただいて良いそうです。」
「グラシャス。」

 ベンツは門の中に進み、軍用車両が並んでいる端に止まった。
 ケツァル少佐とギャラガ少尉が荷物を持って車外に出ると、左の宿舎から兵士が一人出てきた。ケツァル少佐は初対面だったが、彼がルカ・パエス少尉だとすぐわかった。キロス退役中佐やフレータ少尉の”心話”で顔を見たことがあった。

「文化保護担当部の指揮官ミゲール少佐とギャラガ少尉です。司令部の指示で発掘調査隊襲撃事件の捜査に来ました。」

 パエス少尉が敬礼した。

「国境警備隊パエス少尉です。ミゲール少佐とギャラガ少尉の出動に感謝します。」

 彼は建物の入り口を手で示した。

「中でお休み下さい。日が昇らないことには世間は動き出しませんから。」


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