2022/03/15

第6部 訪問者    6

  テオが週末をエル・ティティで過ごし、月曜日の午前にグラダ・シティに戻ると、自宅に客がいた。同居人のアスルは仕事に行っているから、客は無断で入っていたのだ。テオが居間に入るとソファの上でだらしなく手足を伸ばして眠りこけていた。床に大きなリュックサックが置かれていて、微かに潮の匂いがした。テオは午後から大学に出るつもりだったので、荷物を寝室に放り込み、シャワーを浴びた。さっぱりして居間に戻ると、客が目を覚まして起き上がっていた。互いに「Bienvenido de nuevo」と挨拶を交わした。

「これから昼飯に行くけど、一緒に来るかい?」

とテオが声をかけると、カルロ・ステファン大尉は「お供します」と言って、己の荷物を持ち上げた。2人でテオの車に乗り込んだ。
 昼食は途中で見つけた店で取った。テオは人員が入れ替わった太平洋警備室の様子を聞いてみた。ステファンは肩をすくめた。

「本部から派遣されて来た連中です。指揮官以下全部で6人。やっと地理とアカチャ族と港湾労働者達に慣れてきたところですよ。本部にいた時は市民と接する機会があまりなかったですが、外の仕事ではそうもいきません。私は新しい指揮官のコリア中佐に積極的に村民と交流した方が良いと進言しました。」
「聞いてくれたかい?」
「コリア中佐はグラダ・シティのブーカ族です。彼が連れて来た部下達も東部出身者ばかりで、西海岸地方の気候風土が珍しいのでしょう、オフィスの外の巡回が面白くて仕方がない様子でした。」
「それじゃ、村民や陸軍水上部隊、沿岸警備隊、港湾労働者達と接する機会が多いだろうな。」
「スィ。私のアドバイスは不要だったと思います。それに2名女性隊員がいて、早速センディーノ医師と親しくなっていました。」
「厨房は?」
「指揮官以外の全員で順番に担当しています。ですから私はハラールを教えておきました。」

 閉塞的だった大統領警護隊太平洋警備室は隊員全員が入れ替わり、雰囲気がすっかり変わったようだ。テオは少し安心して、ガルソン中尉が警備班車両部にいることを伝えた。ステファン大尉がちょっと困った表情になった。

「車両部ですか。すると遊撃班が外へ出動する時は顔を合わせますね。」
「気まずいかい? 現在の太平洋警備室の様子を教えてやれば、彼も少し安心するんじゃないか? それにフレータ少尉は南部国境で勤務している。電話で話した時、新しい職場の仕事が楽しいと言っていた。パエス少尉も北部国境で元気に働いているところに出会った。話をする時間は殆どなかったけど、クエバ・ネグラの検問所オフィスにいる。それからキロス中佐は退役して子供に体操を教える仕事を始めたそうだ。健康を取り戻して元気にしている。」

 それでステファン大尉も安堵の表情になった。

「彼等がどうなったのか、本部は教えてくれませんから、貴方の報告で安心しました。ガルソンの家族が村から出て行ったことは知っています。」
「彼の家族はトゥパム地区に住まいを見つけて引っ越して来ている。ガルソンは家族持ちなので2週間に1日休日を貰えて、家族と一緒に過ごしているって。」

 ステファン大尉がちょっと拗ねた表情になった。

「それは、私に当て擦りですか?」
「カタリナとグラシエラに会いに行っていないのか?」
「お袋には電話をしていました。残りの3ヶ月の厨房勤めが終われば、休暇をもらえるので、その時に実家で暢んびりさせてもらいます。」
「それじゃ安心だ。俺の気掛かりはパエスの家族だ。まだ村にいるのか?」
「彼は少尉に降格でしたね。給料も下げられた筈です。家族を養うのは厳しい。彼の子供は妻の連れ子でしたから、妻の実家が子供を引き取って、妻だけ夫と共に村を出たそうです。それ以上のことは私も知りません。」

 現実はパエス少尉には厳しかったようだ。ガルソンだって給料を下げられただろう。本部に嘘をついた3年間の代償は大きかった。
 食事を終えて店を出ると、テオは大統領警護隊本部へステファンを送って行った。大尉が文化保護担当部の面々は元気ですか、と訊いたので、全員元気だと答えた。ふと悪戯心が出て、ポケットに入れていた香水の小瓶を出した。

「ちょっと嗅いでみてくれないか?」

 ステファン大尉が怪訝な顔をして小瓶を受け取り、蓋を取った。途端にクシャミをした。

「何ですか、この強烈な・・・ハックション!」

 テオは蓋を閉めろと言い、ジャガーがアレルギーを起こすブタクサの香水だと説明した。ステファンが怒ったふりをした。

「変な物を買わないで下さい。」


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