2022/03/20

第6部 訪問者    17

  共有スペースで言葉を交わした隊員が検問所の勤務に出るために、身支度をしに部屋へ戻って行った。装備を整え、隣の陸軍の食堂で食事を取ってから勤務に就くのだ。
 ”感応”で呼んだカミロ・トレントが現れないので、失敗したかとギャラガ少尉が不安になる頃になって、駐車場に一台の小型バンが入って来た。赤い車体に「クエバ・ネグラ・エテルナ 建築&解体」と白いペンキで書かれていた。窓から見ていると、車から中年のメスティーソの男性が降りて来た。繋ぎの作業服を着ているが、汚れていない。作業員ではなく監督をする立場の人間だろう。彼は2棟の宿舎を見比べ、やがて意を決して大統領警護隊の宿舎へ歩き出した。
 ケツァル少佐は座ったままだった。ギャラガ少尉が入り口まで行った。ノックの音が聞こえた。彼は静かにドアを開いた。応対に出て来たのが白人に見える若い男だったので、建設会社の男性は少し驚いた様子だった。

「クエバ・ネグラ・エテルナ社のカミロ・トレントと言います。こちらで私をお呼びになった方はおられますか?」

 用心深く問い掛けたのは、呼んだ相手の正体も位置も不明だったからだ。肉親や親しい仲間の呼びかけであれば、相手が誰だかわかるし、己と相手との距離も概ね推測出来る。居場所も見当がつく。しかし初めて呼びかけて来た人物を探すのは困難だ。トレントが来るのが遅れたのは、呼びかけた人物が誰だかわからずに戸惑い、相手の居場所を探していたからだ。トレントはこの町の”ヴェルデ・シエロ”を大方把握しているに違いない。そして心当たりの人から順番に探って周り、国境検問所まで行き、最後にこの国境警備隊の宿舎に行き着いた。
 ギャラガが頷いた。

「私が上官の命令で呼びました。中へお入り下さい。」

 トレントが用心深く中に入って来た。私服姿の白人の様な男と、私服姿の若い女性しかいない共有スペースに足を踏み入れ、彼の後ろでギャラガがドアを閉じたので、ちょっとだけ後ろを振り返る素振りを見せた。
 ケツァル少佐が立ち上がった。

「大統領警護隊文化保護担当部指揮官ミゲール少佐です。」

 彼女が自己紹介すると、トレントが溜め息をついた。諦めの溜め息だ。

「クエバ・ネグラ・エテルナ社のカミロ・トレントです。文化保護担当部が来られたと言うことは、サン・レオカディオ大学の件ですね。」
「スィ。」

 相手があっさり認めたので、少佐は少し拍子抜けした。

「モンタルボ教授から撮影機材を奪った男達を操ったのは、貴方ですか?」
「その通りです。リーダー格の男に”操心”をかけました。残りはリーダーが集めた手下です。」
「軽傷とは言え、市民に怪我をさせましたね。」
「申し訳ありません。私の能力では一人を操るのが限界でした。リーダーには調査隊に怪我をさせるなと命じたのですが、手下どもには伝わらなかったのです。処罰の対象となるでしょうか?」
「致命傷を負わせた訳ではないので、大統領警護隊は気に留めていません。調査隊の怪我の件は憲兵隊が捜査しています。」

 ギャラガはいつもながらのセルバ流「単刀直入に要件に入らない会話」に少しイラッとした。もしここにドクトル・アルストがいれば、必ずこの会話に割って入る筈だ。しかしギャラガは少佐の部下だ。彼は辛抱強く会話を聞いていた。
 少佐が遂に本題に入った。

「サン・レオカディオ大学から盗んだ物をどうするつもりですか?」

 トレントが肩をすくめた。

「撮影した映像をグラダ・シティに送りました。奪ったカメラやその他の機材は私が操ったリーダーの手下どもが故買屋に売った筈です。リーダーから連中への報酬です。」

 それなら憲兵隊が既にこの界隈の故買屋を片っ端から調べていることだろう。「リーダー」がどう言う立場の人間なのかトレントは言及しなかった。恐らく憲兵隊がその「リーダー」を突き止めても、「リーダー」とトレントとの繋がりは判明しない。「リーダー」には”操心”に掛けられた記憶がない。

「映像をグラダ・シティに送ったと言いましたか?」

 ギャラガ少尉は思わず口を挟んでしまったが、少佐は咎めなかった。ギャラガにも尋問の経験は必要だ。トレントが頷いたので、彼は更に尋ねた。

「グラダ・シティから貴方に映像を奪えと指図が来たと言うことですか?」

 トレントは少し沈黙してから、考えながら言った。

「指図は、考古学者が海の底で何を撮影したか調べろと言うものでした。ですから私は何とかして調査隊に近づこうとしたのですが、大学側はモンタルボの教室の学生ばかりでしたし、撮影隊の方はアメリカ人ばかりで、潜り込む隙がありませんでした。私は4分の1”シエロ”ですから、力が強くありません。”幻視”を使って潜入することは出来ても、長時間相手を騙す技を持っていませんので、力づくで奪う方法を選択しました。映像を記録した媒体が何かわからなかったので、撮影機材一切合切を奪わせたのです。」
「映像はどの様な方法でグラダ・シティに送ったのですか?」
「モンタルボはU S Bにデータを保存していたので、社員に運ばせました。郵送では紛失する恐れがありますし、何時向こうに着くかわかりませんから。」

 ケツァル少佐がそこで再び口を挟んだ。

「貴方のところの社員が知っている場所に運んだのですね?」

 トレントはまた溜め息をついた。大統領警護隊に嘘の証言をすると後で重罪に問われる。彼は法で罰せられるのと、部族内ルールを犯して族長から罰せられるのと、どちらがキツいだろうと天秤にかけた。

「申し訳ありません。これ以上話すことは部族を裏切ることになります。」

 ギャラガが少佐を見た。トレントの言葉は、今回の強奪事件が彼個人の目的があってしたことではなく、部族の上の方からの指示に従って行ったことを示唆していた。
 ケツァル少佐も少尉と同じ見解だった。これ以上トレントを問い詰めても彼は口を割らないだろう。彼女は言った。

「強奪犯と盗難品の行方は大体わかりました。指図を出した人の真意は不明ですが、ここで調べても拉致は明かない様です。お帰りください。」

 ギャラガはまだ不安要素が残っていた。

「モンタルボはまた調査をすると言っています。貴方はまた彼を妨害しますか?」

 するとトレントは心外なと言いたげな顔をした。

「私は彼を妨害していません。撮影したものを奪っただけです。」

 少し認識のずれがあるようだ。ギャラガはそう思ったが、それ以上突っ込むのを止めた。


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