2022/03/19

第6部 訪問者    16

  宿舎の共有スペースに入ると、男性隊員が一人ソファに座ってテレビを見ていた。恐らく先程のギャラガが失敗した気の波動で目が覚めてしまい、交代時間迄の時間を潰そうとしていたのだ。入って来た私服姿のケツァル少佐とギャラガ少尉に怪訝な表情で顔を向けたので、ギャラガが気を利かせて紹介した。

「大統領警護隊文化保護担当部指揮官ミゲール少佐であられる。私は同部のギャラガ少尉だ。」

 隊員が急いで立ち上がって敬礼した。敬礼を返したケツァル少佐は彼の上半身がまだTシャツ1枚だけなのを見て、寝起き間もないと判断した。

「我々が貴官の休息を妨げた様です。」
「そうではありません。間もなく交代時間ですので、目を覚ましておりました。」

 少佐は、そうではないだろうと突っ込まずに、彼に休憩の続きを、と指図した。そしてもう一つのソファにギャラガと並んで座った。隊員も腰を下ろしたので、彼女は言った。

「もしかするとカミロ・トレントと言う男性が来るかも知れません。我々が呼んだのですが、彼は誰に呼ばれたのか知らない筈です。彼が現れたら、教えて下さい。」
「承知しました。」

 一般人が聞けば奇妙な言葉だったが、”ヴェルデ・シエロ”は意味がわかる。隊員は少佐の言葉を理解した。彼はボリュームを落としてテレビのニュースを見ていた。大きな事件は起きていないが、今年の雨季は雨量が例年より多いだろうと気象学者が予想していると言うニュースが伝えられると、隊員は溜め息をついた。豪雨の中での検問を想像してうんざりしたのだろう。毎年のことではあるが、こんな時は東海岸ではなく西海岸で勤務したくなるに違いない。
 隊員がチラリとこちらを見た。国境警備隊でない人間がいるので気になるのだろうと少佐が思っていると、彼が話しかけて来た。

「失礼ですが、先程気の波動を発せられましたか?」
 
 少佐が彼の方へ顔を向けると、ギャラガが急いで言い訳した。

「私が少しヘマをやっただけだ。起こしてしまって悪かった。」

 隊員が彼に視線を向けた。一見”ヴェルデ・シエロ”に見えないギャラガに彼は問い掛けた。

「君が、あの、白いグラダか?」

 ギャラガは予想以上に己が有名なことを知って、ちょっとうんざりした。

「そうだ。白人の血が混ざっているので、まだ修行中だ。」
「気の波動に鋭い波があった。君が本気で爆裂波を放ったら戦車隊でも一撃で吹っ飛ぶんだろうな。」

 その声には羨望が混ざっていたので、ギャラガはびっくりした。そんな風に賞賛されたのは初めてだ。すると少佐が隊員に言った。

「ギャラガ少尉を煽てないように。彼はまだ20歳です。制御を完璧に習得する迄は爆弾の様な子です。」

 つまり、ギャラガ少尉は現在でも十分強大な爆裂波を使えると暗に言ったのだ。1年と半年前迄、”心話”すら使えない”出来損ない”として有名だったカベサ・ロハ(赤い頭)は、本当は能力がなかったのではなく、使い方を知らないだけの子供だった、と少佐は隊員に仄めかした。だから、ギャラガを舐めると痛い目に遭うぞ、あまりこの部下に構うな、と牽制したのだ。
 国境警備隊の隊員は聡い男だった。少佐が言いたいことを理解した。そしてさらに別のことも察した。修行中のグラダを見守っているこの上官も、グラダだ。

「ミゲール少佐、もしや、貴女はケツァル少佐であられますか?」

 ギャラガは笑いそうになって耐えた。ケツァル少佐は仕方なく無言で頷いた。隊員が再び跳ねるように立ち上がり、敬礼した。

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