2022/03/09

第6部 水中遺跡   14

  テオが危惧したサメから出た遺体のD N A検査依頼は来なかった。恐らく憲兵隊は、放置自動車から車泥棒の身元を探す手がかりを何も見つけられなかったのだ。サメから出て来た遺体は身元不明のまま、クエバ・ネグラの郊外にある教会墓地に埋葬された。
 セルバ共和国沿岸警備隊はクエバ・ネグラ沖でサメを数匹駆除したが、全部捕獲する訳でもなく、1週間も経つと住民の関心は薄れ、忘れられていった。
 オクタカス遺跡発掘隊の撤収が本格化して、グラダ大学に出土品や貸し出した発掘道具の返却など様々な荷物が送られて来始めた。フランス隊の世話をしたンゲマ准教授は大忙しだ。3日目には考古学者達と発掘に参加していた学生達が首都に戻って来た。考古学部が賑やかになった。発掘に参加しなかった学生や教授陣も一緒になって出土品の仕分けや記録作成の手伝いをしていた。
 大統領文化保護担当部の監視当番だったマハルダ・デネロス少尉も3ヶ月ぶりに帰還した。実際は”空間通路”を使って何度か帰って来て備品調達や休憩をしていたのだが、正式に帰って来た。撤収の監督をしたアスルも一緒だった。
 テオは久しぶりにデネロスに出会って、彼女がすっかり大人びていることに感心した。まず容姿が変わった。以前はセルバ美人と呼ばれるぽっちゃり顔に近かったが、顎の線が細くなり、きゅっと締まった顔つきになっていた。欧米のファッションモデルにも通用しそうな美女に変身していたのだ。全く化粧気がないのに、艶々と輝いていた。目つきも鋭くなった。ケツァル少佐を少し若くした感じだ。

「ジャングルでの任務は君にピッタリだった様だね。」

とテオが揶揄うと、えへへと笑った。そこはマハルダちゃんのまんまだ。

「体の奥にあった太古の血が騒いじゃって、楽しかったんですぅ。」

 アスルが横目で彼女を見た。

「出土品をちょろまかそうとした作業員を5人も摘発して、発掘隊から鬼の様に恐れられたんだぞ。」

 ケツァル少佐があははと笑った。

「見た目が可愛いからと言って、甘く考えましたね。いきなり引っ掻かれてさぞや痛い目に遭ったでしょうね。」

 マハルダは首都の空気をグッと吸って、「ああ、排気ガスの臭い!」と呟いた。

「報告書はいつまでに揚げると良いですか、少佐?」
「今週中です。」
「ええ、あと1日?」

 4階の職員全員からドッと笑いが起きた。テオも一緒に笑った。彼はその時、偶々学生の留学手続きの為に3階を訪問して、用事が済んで4階に来ていたのだ。
 デネロスがいそいそと机の前に座った。報告を文書化しなければならない。
 アスルがギャラガから留守中の業務報告を”心話”で受けた。ついでに焼きそばの報告も受けたらしい。彼はボソッと言った。

「俺は作ったことがない。今夜用事がなければ、その店に案内しろ。」

 後輩が作る前に自分が先に作り方をマスターしておきたいアスルだ。ギャラガが「承知」と答えた。アスルが外食なら、テオは自炊しなければならない。だから彼は横から割り込んだ。

「あの店に行くなら、俺も加えてくれ。」
「何の話です?」

 耳聡くデネロスが振り返った。食べ物の話は決して聞き逃さない。仕方がない、とケツァル少佐が苦笑した。

「マハルダのお帰りなさいパーティーでもしますか?」

 ロホが悲しそうな顔をした。

「今夜、グラシエラと会う約束をしています。」

 少佐がテオを見た。テオがグラシエラも連れて来れば、と言いかけると、少佐が先に言った。

「では、貴方は今夜別行動ですね。」
「すみません。」

 ロホはデネロスに向かって、「すまん」と謝った。テオは少佐に小声で尋ねた。

「どうしてグラシエラは駄目なんだ?」

 すると少佐も小声で答えた。

「マハルダにイェンテ・グラダ村の報告もしてもらうので・・・」

 50年前に住民全滅作戦が行われた村の遺構だ。デネロスはその悲劇の場所へ行って、ヘロニモ・クチャの幽霊がもう現れなくなったことを確認に行ったのだった。グラシエラは先祖の悲劇を何も教えられていない。少佐も兄のカルロ・ステファン大尉も、母親のカタリナも、末っ子の彼女には悲しい家族の歴史を教えたくないのだった。ロホはイェンテ・グラダ村跡に行ったことがない。だからグラシエラとあの村の話をせずに済む。

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