テオが大学に戻り、キャンパス内を歩いて自然科学学舎に向かっていると、反対側の人文学舎から男性が一人出て来た。Tシャツにデニムパンツのラフな服装だったのですぐにはわからなかったが、考古学部のハイメ・ンゲマ准教授だと気がついた。フィデル・ケサダ教授の弟子でヴェルデ・ティエラのメスティーソだが、顔つきは純血種の先住民に近かった。普段キチンとしたスーツ姿で、昼休みは大学のカフェではなく自宅から弁当持参が多いと聞いていたし、実際のところテオはこの人とあまり出会ったことがなかった。見かける時はンゲマ准教授は大概ケサダ教授かムリリョ博士と一緒だった。珍しい普段着姿だったのは、オクタカス遺跡の出土品整理の手伝いをしていたのだろう。だから彼が近くに来た時、テオは挨拶がてら質問してみた。
「オクタカスの出土品はかなりの量の様ですね。」
ンゲマ准教授が立ち止まって、「スィ」と答えた。
「有力者の住居跡と思われる箇所からかなりの日用品が出たそうです。数が多いので、もしかするとムリリョ博士がフランスへ持ち出す許可を出すかも知れません。」
「それは珍しい。」
「スィ。フランス人達は張り切っています。セルバの出土品を母国へ持って帰った例はまだありませんからね。」
ヴェルデ・シエロの秘密に抵触しない壺程度なのだろうが、ムリリョ博士のお墨付きがあれば、堂々と国外へ持ち出せる。
「ところで、」
とンゲマ准教授がテオを見た。
「ドクトル・アルスト、貴方は最近クエバ・ネグラに行かれたそうですね。」
「スィ。街の名前の由来になっている洞窟でトカゲを採取しました。」
「海中遺跡の話を耳にされたことは?」
「モンタルボ教授にお会いして少しだけ話を聞きましたが、街では噂にも聞きませんでした。」
するとンゲマ准教授が近づいて来て、囁いた。
「奇妙な電話が昨日かかって来まして、クエバ・ネグラの海の宝物について何か知らないか、と訊かれました。」
「相手は?」
「名乗りませんでした。私が知らないと答えるとすぐ切れました。」
それでテオはモンタルボ教授も同様の電話を受けた話を語った。ンゲマ准教授は不快な表情を見せた。
「何者かが、海の底に関心を抱いている様です。グラダ大学は水中遺跡の研究をしてませんが、モンタルボ教授が心配です。あの人はまだ諦めていないでしょうから。」
「そうですね。」
テオは、ンゲマ准教授が師匠のケサダ教授かムリリョ博士にその電話の話をしたのだろうか、と考えたが、尋ねなかった。准教授の判断に任せるしかない。
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