2022/03/07

第6部 水中遺跡   9

  一向が到着したのはグラダ・シティで一番大きなショッピングモールの駐車場だった。平日の夜だが飲食店が集まっている区画はこれからが稼ぎ時だ。広い通路にテーブルや椅子を出して客を呼び込んでいる。
 ケツァル少佐を先頭に大統領警護隊文化保護担当部とテオドール・アルストは人の波をかき分けながら歩いて行った。やがて中国料理の店の前で少佐が足を止めた。ロホが、これから彼女が落ち合う人が誰だかわかったらしく、ああ、と呟いた。テオは誰だと訊きたかったが、少佐からの紹介を待つことにした。
 少佐に気がついたのか、中年の男性が立ち上がった。

「急な呼び出しに応じていただいて、感謝します。」

と彼が言った。そして少佐の後ろに立っている男達を見た。少佐が紹介した。

「マルティネス大尉はご存知ですね?」
「スィ。先日の会議でお目にかかりました。」

 ロホは無表情で相手を見た。少佐はロホの後ろに控えていたギャラガに「前へ」と合図した。ギャラガがロホの横に立った。少佐が紹介した。

「ギャラガ少尉です。まだ私たちの部署での経験は浅いですが、行動力は上官にも負けません。」

 ギャラガは照れ臭かったが、ロホを見習って真面目な顔で立ち続けた。
 テオは少佐の部下ではないので、自分からギャラガの横に立った。少佐がどんな紹介をしてくれるのか、とちょっと不安を感じたが、少佐は真面目に相手に彼を紹介した。

「こちらはグラダ大学生物学部遺伝子工学科のアルスト准教授です。今日の昼過ぎにクエバ・ネグラから戻られたところです。」
「クエバ・ネグラから!」

 男性は薄い生地のスーツに明るい色合いのネクタイをしていた。服装は上品だし、値も張りそうだった。少佐が彼女の連れ達に彼を紹介した。

「サン・レオカディオ大学の考古学教授リカルド・モンタルボ氏です。」
「よろしく。」

 モンタルボが挨拶したので、テオも応じた。ただ、文化系の大学であるサン・レオカディオ大学に馴染みがなかったので、モンタルボ教授がどんな考古学を研究しているのかわからなかった。ムリリョ博士のように文献に残らない遺跡を探して歩いているのか、ケサダ教授の様に古代の交易ルートを研究しているのか、ンゲマ准教授のようにヴェルデ・ティエラ台頭後の熱帯雨林の遺跡専門なのか、そう言う情報が私立の大学からテオのような理系科学を研究している学者には入ってこないのだ。
 モンタルボが少佐と男達に着席を促した。会見前に食事だ。テオは中国料理が嫌いでなかったが、セルバ共和国に来てからはあまり縁がなかった。大統領警護隊の友人達がセルバ料理ばかり食べさせてくれるので、他の文化の料理を食べる機会がなかったのだ。
 少佐がメニューを眺めた。彼女は海外にも出かけることがあるので、中国料理は慣れている。しかしすぐにメニューを部下に渡してしまった。ロホはメニューを見て、困った表情になり、テオに見せた。メニューはスペイン語で書かれていたので、食材と料理法はわかるのだが、味付けがわからない。だからロホは困ったのだ。テオはアメリカ時代の記憶を頼りに、これはチリ味、これは甘酸っぱい味、これは塩味、と教えていった。横から眺めていたギャラガが痺れを切らして、指差した。

「鶏肉と豚肉、それに卵のスープ、米。」

 料理法も味付けも無視だ。それでテオは鶏肉を揚げて甘酢餡をかけたもの、豚肉を蒸して甘辛いソースをかけたもの、卵スープ、炒飯を選んだ。少佐に目で承諾を求めると、彼女が頷いた。そしてオーダーを追加した。焼きそばだ。モンタルボも野菜炒めを追加して、やっとビールで乾杯に漕ぎ着けた。

「今夜お呼び立てしたのは、他でもありません、クエバ・ネグラ沖の水中遺跡調査の件です。」

とモンタルボが料理を待つ間に切り出した。ロホが彼を見た。先日の会議で助成金給付を却下した案件だ。予算見積もりを出さなければ助成金の検討がつかないし、発掘許可も出せない。そう文化財遺跡担当課が宣告した案件だった。考古学者が、己が発見した遺跡にこだわるのは理解出来る。調査するなと言っているのではない。計画的に調査に取り掛からなければ、いつまで経っても終わらないし、事故にもなりかねない。特に水中遺跡は地上遺跡に比較にならないほど危険なのだ。お粗末な装備で貴重な遺跡を触って欲しくなかった。だから、彼は上官よりも先に口を開いた。

「文化財遺跡担当課を納得させられる資金計画の目処が立ったのですか?」

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