2022/03/08

第6部 水中遺跡   10

 「それなのですが・・・」

 モンタルボ教授はテーブルの周囲を用心深く見回した。そして再び大統領警護隊の方を向いた。

「先日の会議の前日に、スポンサーになりたいと言う人が現れまして・・・」
「会議の前?」

 ロホが顔を顰めた。それなら教授はそれを会議で言えば良かったのでは?と思ったのだ。しかし教授がそれを会議で明かさなかったのには理由があった。

「外国の企業で、アンビシャス・カンパニーと言う、聞いたこともない会社でした。」

 モンタルボ教授は携帯を出して検索結果を表示して見せた。テオが覗くと、「チャレンジ精神旺盛な研究者に資金援助して科学・文化の発展に貢献することを目的とした・・・云々」と企業案内が書かれていた。つまり、何が本当の目的なのかわからない会社だ。

「カルロス・・・つまり、チャールズでしょうが、その、チャールズ・アンダーソンと言う男が代表だと言う会社が、私に潜水用具や船やダイバーを調達してくれると言ったのです。あまりにも奇妙なので、彼等の目的は何かと私は訊いたのです。するとアンダーソンは、発掘作業を映像に撮って、それを元にトレジャーハンターをテーマにした映画を作るのだと言いました。」
「俄に信じ難い話だ。」

と思わずテオは呟いた。モンタルボ教授は首を振った。

「そうでしょう? 私は、あの海域に宝を積んだ船でも沈んでいて、それを探しているんじゃないかと疑ってしまいました。それで、援助の申し出は有り難いが、先に国の発掘許可を取らないといけないので、その時点での承諾は出来ないと断りました。」
「向こうはあっさり引き下がったのですか?」
「ええ・・・この話はなかったことにして、誰にも言わないでくれ、と言って去って行きました。」
「その人は大学に貴方を訪ねて来たのですか?」

とこれはケツァル少佐。モンタルボ教授は頷いた。彼は茶色の高そうな上質の革の鞄から、名刺入れを出し、ちょっと探してからアンダーソンなる人物からもらった名刺を出した。それを受け取って、少佐はもう一度、教授の携帯の画面を見た。

「テオ、記憶してもらえます?」

 モンタルボ教授には奇妙な要請に聞こえただろうが、テオは電話番号や住所を記憶するなら朝飯前だ。チャールズ・アンダーソンとアンビシャス・カンパニーの電話番号と住所を記憶した。一応、自分の携帯のメモリーにメモもしておいたが。
 少佐が尋ねた。

「その接触は一回きりでしたか?」
「スィ。しかし、今度は別のところから会議の後で電話がありまして・・・」
「別のところ?」
「今度の電話は名乗らないで、クエバ・ネグラ沖で黄金を積んだ船が沈んでいると言う言い伝えはないか、と言うものでした。」

 モンタルボ教授は肩をすくめた。

「そんな問い合わせは、クエバ・ネグラの誰かに訊けば良いことでしょう? 私の大学は海から離れた町にあるんですよ。私だって、南部の出身で、クエバ・ネグラは研究の為に通っているだけです。何故私にそんなことを訊いて来たのでしょう?」

 テオ達が考えや感想を述べる暇もなくモンタルボ教授は続けた。

「そして昨日の朝ですよ、クエバ・ネグラの国境警備隊から電話がかかって来たんです。海岸に車が放置されているが、私か大学関係者が使ったのではないか、とね。なんで私達がそんなことをするんです? 私が海へ行って遺跡を見つけた時は、私の車を使いました。水中の遺跡の確認して写真を撮った時は、うちの学部の仲間全員で行って、大学の車を使ったんです。バスを使ったんです。ワゴン車なんて知りません。だから私はその電話をかけて来た国境警備隊の兵隊に言いました。私達の車はちゃんと大学にある、海岸にある車はトレジャーハンターのものじゃないかってね。」

 そこで料理が運ばれて来た。教授は一旦お喋りを止め、ケツァル少佐が「食べましょう」と言った。箸とフォークが出されていたが、ヴェルデ・シエロの男達は少佐が箸を使うのを見て、すぐに使い方を覚えてしまった。中国料理を指定したモンタルボ教授は意外にもフォークを使っていた。テオも箸の使い方を遠い記憶から引き出した。
 鶏肉の甘酢餡掛けは、ロホとギャラガにとっては初めての味だったらしい。若者らしく勢いよく肉の唐揚げを口に入れたギャラガは、酢にむせて咳き込んだ。ロホは用心深く齧って、それから気に入ったのか、せっせと箸を動かした。
 最後の炒飯を食べてしまう前に少佐はデザートにマンゴーシャーベットをオーダーした。そして教授に言った。

「私はヨーロッパでも中国料理を食べましたが、母国の店のレベルはそんなに高くないと思っていました。恐らく最初に入った店のレベルが低かったのでしょう。私は中国料理に対する侮辱だと思い、それ以来母国で中国料理を出す店に入ったことがありませんでした。でもこのお店の料理はとても美味しかったです。良いお店を教えていただきました。感謝します。」
「この店の料理長は本物の中国人なのです。私もうちの学長に教えられて気に入ったのです。喜んでもらえて、私も嬉しいです。」

 デザートを待ちながら、少佐が箸を置いて、「さて」と言った。モンタルボ教授が食事が始まる前に語った奇妙な客や電話の話だ。


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