2022/03/07

第6部 水中遺跡   8

  昼前にクエバ・ネグラを出発したので夕方になる前にグラダ・シティに到着した。大学に戻ると主任教授と学部長に出張から戻った報告をして、テオとカタラーニは研究室に入った。トカゲを飼育用水槽に入れ、捕獲場所と日時を記入したラベルを水槽に貼った。それをマルク・スニガ准教授の研究室へ持って行った。トカゲを必要としていたのは、スニガ准教授だったのだ。彼は閉所恐怖症なので洞窟に入れない。それでテオが代理で捕獲に行った。助手にやらせれば良いのにと思ったが、遠出も悪くなかったのでテオは引き受けたのだ。小一時間世間話をしてから、終業時間になったので、テオは大学を出た。
 特に約束をしていなかったが、文化・教育省の前で待っていると、職員達が閉庁時間になって一斉に出て来た。文化保護担当部は珍しく全員が揃って降りて来た。こんな場合は何か夜の予定があるのだ。テオは仲間外れにされる予感を抱きながらも声をかけてみた。するとケツァル少佐が「来い」と手を振ったので、ちょっと意外に思いつつもついて行った。
 駐車場で少佐のベンツ、ロホのビートル、テオの中古車(最近トヨタに買い替えた)の前で4人が集合だ。少佐、ロホ、ギャラガ、そしてテオ。少佐はちょっと考えてから、テオを見た。

「出張帰りですね?」
「スィ。」
「車で移動?」
「スィ。」
「では、ベンツ1台にしましょう。ロホとテオはそれぞれ自宅に一旦帰りなさい。私が順番に拾います。」

 それでロホが素早くビートルに乗り込んだので、テオも急いでトヨタに乗った。どちらもマカレオ通りに自宅があるから、前後して到着した。テオは荷物を家の中に放り込んだ。外に出て施錠するとすぐに少佐のベンツが現れた。助手席にギャラガが座っていたので、ロホとテオは後部座席だ。走り出してすぐにロホが尋ねた。

「クエバ・ネグラはどうでしたか? 国境の街は結構賑やかでしょう?」
「スィ。それに意外な人に出会ったよ。」

 テオがルカ・パエス少尉の名を告げると、ギャラガは反応しなかったが、少佐が彼は元気でしたかと尋ねた。

「元気だった。以前から無口な人だったから、殆ど話をしなかったけれどね、でも・・・」

 テオは海岸に放置されていた盗難車の話をした。パエス少尉がその車に大統領警護隊がこだわる理由を教えてくれそうだったが、同僚を気にして口を閉じてしまったことも語った。

「彼は懲戒を受けて転属になったので、同僚に悪い印象を持たれたくないのでしょう。」

とロホが評価した。

「民間人に仕事の内容を喋っては信用を取り返せなくなりますから。」

 きっとパエス少尉は窮屈な思いをして勤務しているのだろう、とテオは同情した。太平洋警備室は僅か5人の小さな部署だったが、少なくとも各自自由に仕事をしていた筈だ。機械いじりが得意だったと言うパエスは、国境警備に勤しんでいる。事務仕事が得意そうな彼の上官だったガルソン中尉は、今車両部で車の整備をしている。仕事内容が逆だったら、どちらも少し楽だったろう。
 ギャラガはテオのパエス少尉近況報告の中にチラリと出たサメの話が気になった。

「人喰いザメがいたのですか?」
「俺はこの目で見た訳じゃない。でも現場は大騒ぎだった。」

 早速ギャラガが携帯を出してネット検索を始めた。

「あ、ほんとだ、ニュースになっています。食われた人間の身元調査を開始とか・・・」

 アンドレ、とロホが声をかけた。

「食事前にそんな話は止そうぜ。」

 ところが、少佐が助手席の少尉に言った。

「これから人に会います。その情報を出来るだけ詳しく集めておきなさい。」

 

0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...