2022/03/19

第6部 訪問者    15

  ロカ・エテルナ社はセルバ共和国の3大建築業者の一つで、創業者のスペイン人がセルバ共和国独立直前に本国へ逃げ去った後を襲ったロカ・デ・ムリリョが成長させ、経営権を甥の息子のアブラーン・シメネス・デ・ムリリョに譲った会社だ。クエバ・ネグラの町で一番大きな建設会社クエバ・ネグラ・エテルナ社はその子会社で、経営者はマスケゴ系メスティーソの男性だった。つまり、まだ”ヴェルデ・シエロ”と呼ばれる能力者だ。
 国境警備隊の陸軍国境警備班所属エベラルド・ソロサバル曹長から会社の名前と社長のカミロ・トレントの名を聞き出したケツァル少佐は昼食後ギャラガを大統領警護隊側の駐車場へ連れて行った。クエバ・ネグラの丘ほどではないが、国境警備隊宿舎も小高い場所にある。街並みの屋根がすぐ目の前に並んでいた。

「”感応”を行った経験はありますか?」

 少佐に訊かれて、ギャラガは「ありません」と答えた。”感応”は呼び出したい人の名前や顔を脳裏に浮かべて精神を全集中させる。通常親が自分の子を呼ぶ時に用いる能力で、軍隊では上官が部下に集合をかけたり、戦闘時や緊急時に助けを求める時に使う。平時に友達を呼んだり目上の人に気軽に用いるものではない。純血種の”ヴェルデ・シエロ”は教えられなくてもこの能力を使えるが、親から厳しくマナーを躾けられる。異人種の血が入るミックスは少し練習が必要だ。一瞬のものなので、エネルギーの消耗はない。しかし気を発する瞬間だけ心が無防備になるので、使うタイミングを誤ると軍人は危険に曝される場合があった。
 ケツァル少佐はギャラガ少尉に命じた。

「やってごらんなさい。カミロ・トレントを呼ぶのです。」

 ギャラガは脳裏に、Camilo Torrent と文字を思い浮かべた。その名に思い切り念をぶつけてみた。
 ケツァル少佐は空気にビリッとした震動を感じた。失敗だ。ギャラガが出したのはテレパシーではなく気の波動、微弱な爆裂波だ。カミロ・トレントには届かないが、宿舎周辺の人間や動物には感じ取れる。果たして大統領警護隊の宿舎の窓が開き、指揮官のバレリア・グリン大尉が顔を出した。

「何事です、少佐?」

 ケツァル少佐は彼女を見上げ、2階の窓から顔を出している女性の目を見た。

ーー申し訳ない、部下に”感応”の使い方を教えようとしていました。

 グリン大尉は赤毛のギャラガの頭を見下ろした。そして少佐に視線を戻した。

ーー噂の白いグラダですね。失敗とは言え、かなりの威力の波動でした。
ーー貴官の休息を妨げたことをお詫びします。
ーーどこでもメスティーソの教育には苦労いたします。次は成功を祈っています。

 グリン大尉は微笑して顔を引っ込め、窓を閉じた。
 ケツァル少佐はギャラガを振り返った。ギャラガは失敗したことを悟っており、何が悪かったのか考えていた。少佐が彼の名を呼んだので、上官の目を見た。”心話”で少佐が彼の心の動きを悟った。

ーー名前に念をぶつけるのではなく、呼び寄せなさい。

 ギャラガは戸惑い、それからまた脳裏に文字を思い浮かべ、それを己に引き寄せるイメージを抱いた。文字が彼の脳裏からスッと消えた感じがした。彼は自信なさそうに言った。

「上手くいったでしょうか?」

 少佐がクスッと笑った。

「誰も成功したか失敗したかわからないものですよ、”感応”っていう力は。」
「えー・・・」

 狐に包まれた様な表情の部下を見て、また少佐は笑った。そして、トレントが来るまでシエスタにしましょうと言った。


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