2022/03/19

第6部 訪問者    14

  ケツァル少佐とギャラガ少尉は国境警備隊の宿舎に戻った。クエバ・ネグラ検問所の大統領警護隊の隊員は全部で8人、一人ずつ3時間おきに宿舎に戻って一人ずつ勤務に出て行く。宿舎には常時3人が休憩している。少佐とギャラガは誰も浴室を使用していないことを確認してから、シャワーを使った。男女の別がないから、シャワールームも脱衣所も一つしかない。少佐が先に浴び、充てがわれた部屋に入った。ギャラガが昨晩置いた2人のリュックとアサルトライフルが質素なベッドの横に並べられていた。服を着替えて、濡れた髪を窓からの風に当てて乾かした。バレリア・グリン大尉はまだ休んでいるだろう。
 ギャラガが戻って来たので、彼の身支度を待ってから、2人で隣の陸軍国境警備班の食堂へ行った。食堂は賑わっていた。検問所の兵士達が順番に昼食に来ていた。彼等はゆっくり食べることはなく、簡単なスープとパンだけの食事を流し込み、すぐに出て行った。だから少佐とギャラガも冷めたスープをもらった。

「本部の警備班は警備についている間は水分補給しかしません。」

とギャラガが呟いた。少佐が頷いた。

「外での勤務は大統領府の警備より体力を使いますからね。」
「文化保護担当部の事務仕事も腹が減りますよ。頭を使うと恐ろしくエネルギーを消耗するんです。」

 少佐は思わず笑ってしまった。彼女は自分のパンを部下の皿に入れてやった。すると隣のテーブルにいた陸軍の兵士が声をかけて来た。

「グラダ・シティから来られた大統領警護隊の方ですね?」

 ギャラガが「スィ」と答えた。

「文化保護担当部だ。昨日私立大学の教授と発掘調査隊が強盗に遭ったと聞いたので、被害状況を調査に来た。」
「強盗事件にわざわざ来られたのですか。」

 そんな必要はないのに、と言う響きが兵士の声に含まれていた。ギャラガは言った。

「強盗犯の捜査は憲兵隊に任せる。我々は発掘調査隊が奪われたものの内容を調査するのだ。文化財を傷つけられては困るから。」

 恐らく検問所の兵士には、何を悠長な仕事をしているのだ、と思えただろう。 彼はちょっと失笑した。

「学者と言う人達は私の様な凡人にはわからない物を大事に調べますね。先月もグラダ大学から来た若い教授がトカゲを捕まえて帰られました。その後で別の教授が来て、そのトカゲをまた放しに洞窟まで登りました。そのまま飼えば良いのにと言ったら、生態系がどうのとか説明してくれましたが、自分にはさっぱりでした。」

 ギャラガは苦笑した。そして、

「最初に来たのはアルスト准教授だろう。」

と言うと、兵士が頷いた。

「そんな名前でした。学生を一人お供に連れていました。お知り合いですか?」
「まぁな。気さくな良い人だろう?」
「そうですね。2人目の教授より話し易かったです。」

 エベラルド・ソロサバル曹長はテオドール・アルストからチップをもらったのだが、同僚の手前それは言わなかった。彼は大統領警護隊の白い肌の隊員に窓から見える赤い看板を指差した。

「あの赤い看板の店は午後6時から営業します。もし地元の料理を味わいたければ、あの店が一押しです。漁師の身内が経営しているので、手頃な値段で美味い魚を食べさせてくれます。」

 ケツァル少佐がちょっと笑って彼に声をかけた。

「まるで貴官は観光ガイドですね。」

 曹長が頬を赤らめた。

「地元出身なもので、つい饒舌になってしまいました。」

 すると彼と同じテーブルの兵士が笑いながら大統領警護隊の隊員に教えた。

「このソロサバル曹長は実際に観光ガイドとしても駆り出されるのです。町役場がガイドを雇うと金がかかるので、こっちへ仕事を押し付けるんです。軍人をタダで使ってやがる。」

 少佐とギャラガも兵士達と一緒に笑った。笑い声が収る頃に少佐がソロサバル曹長に尋ねた。

「地元の出だと言うことは、この辺りで名前が知られた建築屋を知っていますね?」


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