2022/03/06

第6部 水中遺跡   6

  ノミがいない宿屋を探すのもそれなりの苦労がある。チェックインした時にノミ避けスプレイを撒いておいたので、その夜は無事に眠ることが出来た。
 朝になって、チェックアウトするとテオとカタラーニは近所のカフェで朝食を取り、海岸へ行った。海辺のトカゲを捕獲してからグラダ・シティに帰ろうと言う魂胆だった。ところがビーチに近づくと、何やら人だかりしていた。砂浜に野次馬が大勢押し寄せていた。何だろうと思いつつ、ふとテオが北側を見ると、砂地が草むらに変わる辺りにワゴン車が1台停まっており、そばに兵隊が1人所在なげに立っていた。その顔に見覚えがあったので、テオは声をかけた。

「ソロサバル曹長!」

 陸軍国境警備班のエベラルド・ソロサバル曹長が振り向いた。テオとカタラーニは曹長のそばへ歩いて行った。砂が細かく歩きにくい。
 朝の挨拶を交わしてから、ビーチの人だかりの理由を尋ねると、意外な答えが返って来た。

「でかいサメが獲れたそうです。」
「サメ?」
「スィ。ホーガみたいにでかいそうです。」

 ホーガはカリブ海に住む豚のような頭の魚の怪物で、勿論民間伝承の化物だ。
 テオはビーチを見た。人々は船が戻って来るのを待っている様だ。大型の漁船らしい船がエンジン音を響かせながらビーチに近づいていた。あのまま砂に乗り上げるのか?
 人々が波打ち際に押し寄せ、船が見えなくなったので、カタラーニが人垣の方へ走って行った。テオは曹長に向き直った。 ワゴン車は国境警備班の車ではなさそうだ。ナンバーはセルバのものだが、公用車の印である国旗が描かれていなかった。

「この車は?」

 曹長が車を見た。

「持ち主不明の車です。」
「昨夜、大統領警護隊が持ち主を探していると言っていた、乗り捨てられた車?」
「スィ。」

 テオは運転席を覗き込んだ。がらんとした運転席で、荷物らしきものは見当たらなかった。後部席も空っぽだ。

「いつからここにあるんだ?」
「通報者によれば、一昨日の朝からだそうです。」

 普通なら警察が調べるのだろうが、国境警備隊が番をしたり、持ち主を探している。もしかすると密入国や密輸に関係した車なのかも知れない、とテオは思った。

「ナンバーの照会とかしてみたのか?」
「スィ。」

 当然だろうと言う顔で曹長が答えた。そしてテオが予想したことを言った。

「盗難車でした。」

 だから大統領警護隊が車をこの海岸まで運転してきた人間を探していたのだ。ゲイトを通った形跡がなかったので、まだセルバ側にいるかも知れないと夜の町を捜索していたのだろう。しかし、運転者の顔を知っているのだろうか。それともヴェルデ・シエロの勘を頼りに歩いていたのか? 
 
「それで、君はここで証拠物件の車の番をしているのか。」
「スィ。レッカーを待っています。」

 その時、ビーチに集まっていた野次馬の群れから悲鳴に似た声が上がった。テオとソロサバル曹長はそちらへ顔を向けた。数人が人垣から離れ、砂の上でゲーゲーやり出した。
 テオとソロサバル曹長は意図した訳ではなかったが、同時にその光景に背を向けた。

「サメの腹を裂いたんだな。」

とテオが囁くと、曹長が頷いた。

「そうでしょうね。そして嫌な物が出て来た・・・」

 足音が2人に向かって走って来た。

「アルスト先生!」

とカタラーニの声が怒鳴った。

「凄いものを見ちゃいました。サメの腹から人間が出て来たんですよ!」


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