レンドイロ記者が帰った後、テオは彼女が教えてくれた香水の銘柄を検索してみた。すると扱っている店は1店舗だけで、グラダ・シティ最大のショッピングモールにある小間物屋だとわかった。所謂香水専門店とか、高級化粧品店ではないのだ。恐らく個人で製造して販売しているのだろう。口コミは両極に分かれており、薔薇に似た香りが素晴らしいと言う評価と、匂いがドギツイので希釈した方が良いと言う意見が2件だけ入っていた。
テオはケツァル少佐にメールを送った。
ーーグラダ・ショッピングセンターで研究用サンプルを購入したい。もし今夜時間があれば一緒に行ってくれないか? 女性用小間物店で扱っている品物だ。
少佐の返答は、
ーーいいけど・・・?????
恐らく、「研究用サンプル」とは何か、と言う意味だろう。テオは説明は省いて「いつもの時間に」とだけ返信した。
昼休みに、カフェで昼食を取っていると、またもや来客があった。
「失礼ですが、テオドール・アルスト准教授でしょうか?」
男性が声を掛けてきた。白いソフト帽を被った白人の中年男性で、薄い生地のジャケットに同じ生地のボトムを履いていた。髭は綺麗に剃ってあり、丈夫そうな帆布の鞄を持っていた。テオが「そうです」と答えると、男は帽子を脱いだ。
「アンビシャス・カンパニーのチャールズ・アンダーソンと申します。」
彼は英語で喋った。テオが元アメリカ人だと承知しているらしい。テオが黙っていると、彼は名刺を出した。
「私どもの会社はP R動画を制作してネットで配信し、広告料を頂いています。今回、セルバ共和国北部のクエバ・ネグラ沖で伝説の古代都市が発見され、発掘調査が開始されると聞きました。私どもは以前にもその調査を指揮されるサン・レオカディオ大学のモンタルボ教授に水中での発掘調査の様子を映画に撮らせて頂きたいと申し出たのですが、その時点では発掘許可が降りていないと言う理由で教授に断られました。ですが、我が社は既に潜水用具や船をチャーターする会社と契約を結んでおりまして、どうしてもこの度の調査に同行させていただいて撮影したいのです。」
「それではモンタルボ教授にもう一度頼んでみては?」
「教授には連絡しました。すると大統領警護隊文化保護担当部の許可がなければ同行取材は許されないと言う返答でした。ですから・・・」
テオは相手の言いたいことがわかった。
「俺がミゲール少佐やマルティネス大尉と親しいので、顔つなぎして欲しいと?」
「その通りです。」
アンダーソンが嬉しそうな顔をした。
「大統領警護隊はいきなり訪問しても門前払いを食らわせると評判でして・・・特に我々の様な外国人には面会すらしてくれないと聞いています。どうか、先生から口を利いて頂けないでしょうか? 勿論、お礼は弾みます。」
テオは眉を顰めた。お金で動く人間と見られたのか? 彼は言った。
「謝礼など要りません。話すだけなら引き受けましょう。この手の要請をもらったのは、今日貴方で2人目です。」
え? と言う顔をアンダーソンがして見せた。目が鋭く光った、とテオは思った。アンダーソンが尋ねた。
「それは、アイヴァン・ロイドですか?」
今度はテオが、え? と言う顔をした。
「違いますよ。地元の雑誌記者です。」
「そうですか・・・」
アンダーソンが心なしか安堵した様子だった。テオは彼から名刺を預かり、アンダーソンはすぐに大学から去って行った。
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