2022/03/06

第6部 水中遺跡   4

  洞窟内は湿っぽかった。想定内だったので、テオとカタラーニはヘッドライト付きのヘルメットを被り、手にもう一つずつ懐中電灯を持っていた。トカゲを捕獲したら収容するための容器も肩から提げていた。所謂洞窟探検ではないので、生物の有無を確認しながらゆっくりと進んだ。テオはケイビング用長靴を履いていたが、カタラーニはトレッキングシューズだ。水が溜まっている箇所ではテオが、少し岸壁を登って見なければならない場所はカタラーニが分担して探した。捕獲用網も持っているので、動くものを見つけると懐中電灯を置いて、網を構えて忍び寄る。
 何とか目標の2匹を捕獲したのは3時間も経ってからで、外に出ると互いに泥だらけになっていることを確認出来た。エベラルド・ソロサバル曹長は彼等を見て肩をすくめた。
 洞窟の外に駐車しておいた大学の公用車(かなり年季がいったピックアップ)の番もしてくれていたので、テオは着替える間も見張りを頼み、カタラーニと共に泥だらけの服を脱いで新しいシャツに替えた。

「グラダ・シティに戻られるのですか?」

と曹長が尋ねた。テオはクエバ・ネグラに宿を取っていると答えた。

「今日トカゲを捕まえられなかったら明日も頑張るつもりだったんだ。」
「そうですか。ミッションが成功して良かったですね。」

 曹長はガイド料は要らないと言ったが、テオが紙幣を2、3枚握らせると感謝して去って行った。セルバでは兵隊にコネを作っておけば、後でトラブルに巻き込まれた時に役に立つことが往々にある。
 宿はハイウェイ沿いのモーテルだった。チェックインしてシャワーを浴びてから、テオとカタラーニは夕食に出かけた。捕獲用ケースをもう一つ持って出たのには理由があって、洞窟の外の現地のトカゲを見つけたら捕まえるつもりだった。
 トラックやバスの運転手達で賑わっているレストランを見つけ、食事をした。周囲のドライバー達は国境ゲイトが夕食時間の2時間閉鎖になるので、その間に食べてしまうつもりなのだ。夜は午後9時になると閉鎖になるので、この日ドライバー達に残されている越境時間は1時間しかない。しかし誰もが暢んびり料理を味わっている様に見えた。

「観光客は少ない様だな。」

とテオが客の印象を述べると、カタラーニも周囲を見回した。

「そうですね。南部の海岸では観光客が多いですが、ここは運送業者ばかりに見えます。でも昼間は海岸で遊んでいる人を多く見かけましたけどね。」
「観光客が宿泊するのはもう少し南の方なのかも知れないな。」

 店の入り口に顔を向けたカタラーニが、あれ?と言う顔をした。

「見た顔だなぁ・・・」

 テオもそちらを見た。兵士が2人入店したところだった。食事に来たと言うより、客の顔を確認しているように見えた。その胸に光っているのは緑色の鳥の徽章だ。
 大統領警護隊か。
 テオもその2人の顔を見た。一人は知らない顔だったが、もう一人は知っていた。知っていたが、彼はカタラーニの手を抑えて囁いた。

「向こうから声をかけて来ない限り、知らん顔をしていよう。」

 カタラーニは怪訝な顔をしたが、テオの言葉に従った。相手は大統領警護隊だ。馴れ馴れしく近づくような人々ではない。テオは彼の手から己の手を引っ込め、食事の続きをした。
店員が大統領警護隊に近づき、声をかけた。お食事ですかとか、どういう御用件でしょうか、とか訊いているのだ。大統領警護隊でなくても制服を着て拳銃を持った人間が入り口に立ちはだかって店内を見ていたら、客が落ち着かなくなる。外にいる人も入って来ない。店にすれば、客として来てくれるのなら良いが、そうでなければ迷惑な訪問者なのだ。
 大統領警護隊は店員に何か言い、外へ出て行った。誰かを探していたのだ、とテオは思った。だけど、俺達には関係ない。

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