2022/03/06

第6部 水中遺跡   3

  クエバ・ネグラは北部国境近くにある海辺の町で、南から伸びて来ているセルバ東海岸縦貫ハイウェイの最後の通過地点になる。町の北の出口に国境のゲイトがあり、大統領警護隊と陸軍国境警備班合同の国境警備隊が守っていた。街はゲイトの通過待ちをする人々の宿泊施設や警備隊の家族が住む住宅地、両国の間の荷物を運ぶ短距離運送業者の事務所などがあり、商店も並んでいて、国の端っことは思えない賑やかさだった。
 海には沿岸警備隊と陸軍水上部隊が哨戒艇を出して密入国者を警戒していた。ここでは経済水域がどうのとかややこしい外交の問題は政治家にうっちゃって置いて、漁民が隣国とトラブルを起こさないよう見張っているだけだ。
 クエバ・ネグラの名の由来は町の西にある「黒い洞窟」だ。黒っぽい岩の丘があり、その中腹にポッカリと洞窟が口を開けている。時々大昔の石の鏃とか動物の骨らしき物が出て来るが、遺跡とは認定されていない。鏃が出るのだから遺跡だろうとテオは思ったが、人間が生活していた痕跡がないので、「偶々」鏃が落ちていたのだろうとセルバ共和国の考古学界は結論つけたらしい。
 遺跡ではないが、洞窟内にはそこにしかいないカエルやトカゲ、昆虫などが棲息しており、文化・教育省はそれらの希少生物保護の為に洞窟内の立ち入りを期間限定の許可制にしていた。洞窟内に入りたければ、インターネットか文化・教育省3階の自然保護課に申請を出して許可証を発行してもらわなければならない。
 テオはクエバ・ネグラ・トカゲの採取に許可証を申請して発行してもらった。早速助手のアーロン・カタラーニと共に出かけたら、洞窟の入り口にはゲイトも見張りもいなくて、困ってしまった。仕方なく自然保護課に電話をかけると、ガイドが行くので待つ様にと言われた。

「セルバ人の僕が言うのもなんですが・・・」

と洞窟近くの茶店でお茶を飲みながらカタラーニが言った。

「ガイドは明日にならないと来ないんじゃないですか?」
「俺の電話番号を自然保護課に伝えてあるから、遅くなるならガイドから電話があるだろうさ。」

 テオもなんとなくセルバ的な時間の使い方に慣れてきたので、2人で屋外席から見える海を眺めていた。

「昔はあの辺りに岬があって、あの沖まで地面があったんですって。」

とカタラーニが腕を前に伸ばして海原を指した。

「海から来る来訪者を迎える屋敷や海の神様に捧げられた神殿が建っていたそうです。」
「あの沖まで?」
「スィ。でも8世紀か9世紀頃に大きな地震があって、一晩でその岬は消えてしまったそうです。」
「地震で地殻変動が起きたんだな。」
「恐らくね。うちのインディヘナの婆ちゃんが先祖からの言い伝えだって言ってました。」
「神様のご機嫌を損ねたとか、そんな話かい?」
「多分ね。地質学院の調査で地震があったことは断層とかで確認されていますから。ほら、この店の裏手の崖と、向こう側の崖、色が違うでしょ?」
「ああ、本当だ。岩の層も違うな。ずれている。」

 2人で喋っていると、ハイウェイから洞窟へ向かって上がって来る道を、1台のオフロード車が走って来るのが見えた。カタラーニが気がついて、手を額にかざして見た。

「兵隊が来ますよ。ええっと・・・国境警備隊ですね。」

 国境警備隊の兵士が何の用事だろうと思っていると、車は店の前で停車した。運転席に座ったまま、兵士がサングラス越しにテオとカタラーニを見た。

「グラダ大学の人?」
「スィ。」
「じゃ、これから穴に入りますか。」

 兵士は車を前に数十メートル走らせて、道端に寄せて停めた。テオとカタラーニは顔を見合わせ、それから店の中に声をかけてから、洞窟に向かって歩き出した。

「ガイドって、あの兵隊か?」
「そんな感じですね。ガイド料を取るのかな?」

 兵隊はアサルト・ライフルを抱えて待っていた。テオは声をかけてみた。

「文化・教育省自然保護課が洞窟へ入る時のガイドを呼んでくれると聞いたんだが?」
「スィ、私です。エベラルド・ソロサバル曹長です。」

 陸軍国境警備班だ。ヴェルデ・ティエラ、普通のメスティーソだ。テオは自己紹介した。

「グラダ大学生物学部遺伝子工学科のテオドール・アルスト・ゴンザレス、准教授だ。正規の名前はゴンザレスだが、アルストと呼ばれているので、曹長もそちらで呼んでくれ。」

 彼はカタラーニを振り返った。

「大学院生のアーロン・カタラーニ、学者の卵だ。」
「アーロンと呼んで下さい。」

 カタラーニは手を差し出した。ソロサバル曹長は普通に握手に応じた。それでテオも彼と握手した。

「ガイドと言うから民間人が来ると思っていた。」
「洞窟の内部へ入るガイドは民間人にいますが、私は入り口であなた方が無事に出て来るのを確認するだけですから。」

 砂と小石が混ざり合った歩きにくい道を登り、洞窟の入り口に着いた。

「俺たちの目的は、この洞窟内に棲息するトカゲなんだ。2匹ばかり捕まえて、大学に持って帰る。研究用の検体を採取したら、また洞窟に返す。トカゲ以外の動植物は採取しない。」

 テオは許可証を提示した。トカゲの何を調べるのか、兵士は質問しなかった。外で待っていると言うので、テオとカタラーニは彼をそこに残して洞窟内に入った。

 

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