ショッピングモールの中国料理店は繁盛していた。大統領警護隊文化保護担当部は一般企業より1時間早く終業時間を迎えるので、混み合う前にテーブルの確保が出来た。普段はバルで飲みながら小皿の単品料理を数多く注文して食べることが多いセルバ人も、中国料理は大皿を数種類注文して大勢で取り分けるスタイルなので、それが面白いのか喜んで騒いでいる。アスルは厨房を覗く許可をもらって店内に入ったが、それほど長居せずに出て来た。
「あの火力じゃ、普通の家で同じ物を作るのは無理だぞ。」
とギャラガに言った。それでもやっぱり気になるらしく、追加注文する度に中へ入って行くので、テオも少佐も笑ってしまった。デネロスはアジア系のソースの味が気に入ってソースをスプーンで掬って舐めていた。ギャラガは不安そうにテオに囁いた。
「アスル先輩は焼きそばを作ってくれますかね?」
「材料が手に入れば、何とかして作るだろうさ。それより、我が家には箸がないぞ。」
「木の枝で作ります。」
ケツァル少佐がフォークを使えば?と呟いた。デネロスは遠慮なくフォークを使っていた。箸は無視だ。
「例の村の跡地へ行ってみましたけど、少佐とカルロが見た井戸の跡は草茫々でした。楡の木が生えていましたよ。でも幽霊の姿も臭いもありませんでした。」
「夜もそこにいたのかい?」
「スィ。アスル先輩が来て下さったので、キャンプは先輩に任せて私は村の跡地で寝ました。」
デネロスは怖いもの知らずだ。少なくとも、死体が見えなければ、幽霊が何人出てこようが平気だった。
恐らく、とケツァル少佐が言った。
「前回長老会の方々があの村跡を訪問した時に、長老のお一人が、ヘロニモ・クチャにこちらの世界に残った人々の近況を報告されたのでしょう。それでヘロニモは安心して眠りにつかれたのだと思います。」
テオはその長老が誰なのか見当がついた。その長老はヘロニモ・クチャの心残りであったマレシュ・ケツァルとその息子が元気で暮らしていると告げたのだ。特に息子が立派に成長して、社会人として、守護者ヴェルデ・シエロの誇りを守って生きていることを報告したことだろう。マレシュ・ケツァルの息子の父親がヘロニモ・クチャだったのか、エウリオ・メナクだったのか、それはマレシュにもわからないと言うことだが、ヘロニモにとっては我が子だったのだ。
デネロスは監視業務に就く前に親から教わった「死者への祈り」をきちんと執り行ったと報告した。”心話”でそれを見て、彼女が間違えることなく作法を守って儀式を行ったことを知り、少佐が満足げに頷いた。
「これでマハルダも多少の悪さをする霊がいる遺跡へ派遣出来ます。」
「え? いえ・・・そんなに回数は多くなくて良いです。」
デネロスが焦ったので、一同は大笑いした。そこへウェイターが山盛りの焼きそばを運んで来た。アスルがウェイターを見た。
「いつ作ったんだ?」
「今さっき。」
と中国人ウェイターが答えた。
「貴方来なかった。だから、シェフがレシピ書いてくれた。麺が手に入らなければ、うちの店で売る。」
アスルは漢字で書かれたレシピを渡された。ウェイターは店の中に戻って行った。紙面を睨んでいるアスルを見て、少佐が笑いたいのを堪えながら尋ねた。
「読めますか?」
「神代文字より難しいです。」
テオが横から覗いた。
「俺は読めるぞ。」
ヴェルデ・シエロ達が彼を見た。テオは己の額を指差した。
「アメリカ時代に勉強したことがまだここに残っているんだ。家に帰ってからスペイン語に翻訳してやるよ。俺も美味しい物が食えるなら、いくらでも協力する。」
「それじゃ・・・」
デネロスが期待感いっぱいの顔で言った。
「マンゴープリンと杏仁豆腐と抜絲紅薯の作り方も訊いて下さい。」
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