2022/03/16

第6部 訪問者    9

  宿舎の入り口を入ったところが隊員達の共有空間なのだろう、古いソファが2台と低いテーブルが置かれ、部屋の端のテレビだけが新しい大型液晶画面だった。パエス少尉が空き部屋がありますと言ったが、ケツァル少佐はギャラガ少尉だけをその部屋へ行かせた。彼女自身は共有スペースのソファに座り、ギャラガが彼女の携帯に転送したクエバ・ネグラ周辺の地図を画面に出して眺め始めた。パエス少尉が戻って来て、コーヒーは如何ですかと尋ねた。少佐が顔を上げて彼を見た。

「貴方は今夜の夜勤当番ですか?」
「ノ、当番はゲイトにいます。私はここで1番の新参者なので、電話や訪問者があれば夜中でも応対する役目になっています。」

 ケツァル少佐はその返答の内容が気に入らなかった。隊員の入れ替えがある迄パエス少尉はずっと夜中の電話番ではないか。

「北部国境警備隊の指揮官はレナト・オルテガ少佐でしたね?」
「スィ。少佐はクチナにいらっしゃいます。」

 クチナは北部の国境線の丁度中央に当たる位置で、道路はないのだが平坦な地面の谷になっており、ラバの様な動物なら歩き易い土地だ。隣国から時々越境して来る人間がいるので、国境警備隊はそこに基地を置いた。緩やかな谷間を挟んで反対側に隣国の国境警備隊が同様の基地を置いている。クエバ・ネグラや西側のオルガ・グランデ北部の様な隣国の兵士との交流はない。
 ケツァル少佐は新入り虐めの様なパエス少尉の待遇をオルテガ少佐に問い質してみようと思った。それともこれはクエバ・ネグラだけの行為なのだろうか。

「コーヒーは今は結構です。貴方は休みなさい。」
「グラシャス。」

 パエス少尉は敬礼して廊下に姿を消した。
 ケツァル少佐はもう一度地図を見た。ギャラガは数種類の地図をダウンロードしており、海底の地形図まであった。それを見ると、確かにクエバ・ネグラから沖に向かって岬の様に伸びている浅い部分が見て取れた。岸に近いところは幅1キロ程か。一番沖までが3キロ程、舌の様な形だ。岬全体がストンと落ちた様に見えた。地震があった時代のヴェルデ・シエロ全員が同時にカラコルの消滅を祈ったとして、こんなに綺麗に地面が沈下するだろうか。そもそもヴェルデ・シエロの呪いはそこまで強力なのだろうか。現代に生きているヴェルデ・シエロの中で最強と言われる純血のグラダ族ケツァル少佐は考え込んだ。建造物の破壊なら簡単だろう。しかし地面を陥没させるのはどうだろう。下に空洞があれば別だが、普通の地面なら物理的に矛盾が・・・。そこまで考えて彼女は、カラコルと言う単語の意味を思い出した。「筒の上」だ。カラコルの都市が建設された岬はどんな地形だったのだ?
 彼女はオルガ・グランデの地下を思い出してみた。金鉱石を掘り出す為に縦横無尽に坑道が掘られている。3本の大きな地下川が流れている。もし大きな地震が起きれば確実に致命的被害が出る。しかし、オルガ・グランデの街全体がストンと落ちることはないだろう。
 もしカラコルに最初に街を造った人々が、岬の地下が空洞だと知っていたのなら、物凄く愚かな行為をやってのけたことになる。地震と火山がある国だ。暴風雨も来る。災害の多い海岸、地下に空洞を抱える岬に大きな街を造った人々。建設したのは何者だ?

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