2022/03/06

第6部 水中遺跡   1

  文化・教育省はグラダ・シティの市街地にある雑居ビルに置かれている。2階から4階が省庁だ。2階には芸術振興課と文化・教育大臣のオフィスと大会議室がある。
 その日の午後、シエスタが終わってから、大会議室で文化財遺跡担当課と大統領警護隊文化保護担当部が会議を開いていた。会議室の前面のスクリーンにプロテクターで映し出された写真が出席者の注目を集めていた。

「クエバ・ネグラから1キロ沖の海底で発見された古代の建造物と思われます。」

とサン・レオカディオ大学の考古学教授リカルド・モンタルボが青い海底の一角をポインターで示した。サン・レオカディオ大学は私立の大学で文学部と歴史学部しかない小さな大学だ。そこで考古学を研究すると言うことは、常に資金難に悩んでいることを意味する。セルバ共和国は政策で遺跡保護を重視している稀な国だが、助成金の殆どがセルバ国立民族博物館と国立のグラダ大学考古学部に出されていた。私立の学校が助成金をもらえるのは、義務教育関係と医学・自然科学分野が優遇されており、文化系はちょっと分が悪い。サン・レオカディオ大学は裕福な家庭の子供達が通っているので、寄付金でどうにかやっていけているが、今回の考古学の研究費は助成金をもらわないと賄えないものだった。
 スクリーンの写真が拡大された。海底に平らな岩の板が綺麗に整列して横たわっていた。

「恐らく8世紀前半にセルバを襲った大地震で海に沈んだと言われているカラコルの街の一部ではないかと・・・」

 モンタルボ教授はさらに10枚ほどの写真を次々と映し出した。

「カラコルは伝説と思われていましたが、海底にある人工物が遺跡であるなら、調査が必要と思われます。」
「つまり、潜水して調べると?」

 文化財遺跡担当課の課長が尋ねた。モンタルボが頷いた。

「勿論です。」
「水中遺跡の調査の費用がどれだけかかるか、ご存じですか?」
「それは・・・」
「地上の同じ規模の遺跡を調査する10倍以上の資金が必要ですぞ。」
「勿論、船と潜水用具と・・・」
「保険もかかります。それに潜水時間は長くない。1回何時間ですか?」
「半時間? ですかね?」
「それで、1人1日何回潜れますか?」
「えー、2回、いや、3回・・・」
「2回です。調査員の安全の為にも、2回とします。」
「それでは調査が進まない・・・」
「だから日数がかかります。費用が嵩みます。10倍では済まないかも知れない。」

 文化財遺跡担当課は、水中遺跡の調査に助成金を出し渋っているのだ。地上の遺跡なら、助成金を出すのではなく、協力金と言う名目で調査隊の方が文化・教育省にお金を払う。水中遺跡の調査も協力金をもらうが、それより調査費の助成の方が大きくなる。採算が取れないので、文化財遺跡担当課は今回の調査に乗り気でない。
 大統領警護隊も同じだ。ジャングルや砂漠の遺跡調査ならゲリラや山賊から調査隊を護衛して、盗掘を見張るのだが、水中遺跡の場合は調査隊が出土品を盗まないか、港で検査するだけだ。海でサメや海賊を相手にしたりしない。それは沿岸警備隊の仕事だ。遺跡立ち入り許可を出しても協力金は地上遺跡の半額になる。文化保護担当部が調査隊に請求する協力金は、護衛を実際に担当する陸軍兵に支払う日当と陸軍に払う手間賃だ。手間賃は定額だが、日当は地上遺跡の半額になるので陸軍が良い顔をしない。兵隊を丸一日港で待機させるだけでお金も半分しかもらえないからだ。

「船や装備の準備を整えられると明確に証明出来れば、助成金の申請を出してもらって結構ですが・・・」

と文化財遺跡担当課の課長は言った。

「現段階では予算も立てておられないようだし、国から助成金を出す理由がありません。」
「スポンサーを探されては?」

と課員の中から声が上がった。

「国外から地上遺跡を発掘に来る調査隊はスポンサーを持っていますよ。」
「船舶会社や海洋事業に携わる企業に声をかけてみるのですね。」
「観光業者でも良いのでは?」

 お役人達から次々と現段階での助成金捻出は無理と言う意見が上がった。モンタルボ教授は、この会議の顧問として出席しているグラダ大学考古学部のンゲマ准教授に助けを求めるように顔を向けた。しかしンゲマ准教授はとろんとした眼差しで、スクリーンに映っている海底の石畳らしき物を眺めているだけだった。
 課長が大統領警護隊の席に顔を向けた。

「大尉のご意見は?」

 大統領警護隊文化保護担当部を代表して出席していたアルフォンソ・マルティネス大尉は協力金計算表から顔を上げて、一言呟いた。

「却下。」

 モンタルボ教授の顔がベソをかいたようになった。尤も大統領警護隊が文化財遺跡担当課から申請拒否が出た案件を通す筈がない、それは誰もが承知していた。文化財遺跡担当課の承認ありきで大統領文化保護担当部は発掘許可を出すのだ。文民の決定を軍が覆すことは決してない。平時なのだから。
 モンタルボ教授はノロノロと後片付けを始めた。プロジェクターの電源を切り、スクリーンを片づけ、書類を鞄に入れた。文化財遺跡担当課の職員達は既に席を立ち、大会議室から退出しつつあった。
 マルティネス大尉、通称ロホは誰よりも最初に部屋から出た。大概は文化財遺跡担当課だけで済ませる発掘検討会だが、今回は珍しい水中遺跡が案件となっていたので様子を見るために出席したのだ。彼個人としては水中遺跡に興味があったが、サン・レオカディオ大学は助成金が出るか出ないかを知りたかった様で、まだ具体的な調査計画も立ち上がっている様子がなかった。だからロホは内心がっかりしていた。船に乗ったことも潜水をした経験も皆無だが、海中の美しい画像を見るのは好きだ。調査をするならモンタルボ教授は記録映像を撮る筈だし、それを見てみたかった。だが実現は遠い話になりそうだ。
 ンゲマ准教授が彼の後ろからゆっくりと退室して来た。モンタルボとは知り合いの筈だが、失意の教授を慰めるほどの仲でないのかも知れない。それに国立大学の教授陣は私立大学の教授達とあまり交流がなかった。国の最高学府で働いているプライドがある。同国人の考古学者より外国の学者と連んでいる方が好きなのだろう。ンゲマ准教授はフランスの大学に顔が効くのだが、近年フランスの調査隊達は発掘中の事故や犯罪に巻き込まれてセルバ国内での印象が良くない。だからンゲマ准教授としては、名誉挽回も兼ねてフランス人にもっと活躍の場を提供したいのだ。
 ロホにとってンゲマ准教授は恩師ではない。彼の恩師のケサダ教授がンゲマを助手から准教授に引き立てたのは、彼が卒業した後だ。ンゲマはヴェルデ・シエロではないし、身内にも一族の血縁者はいない様なので、ロホはこの男性と馴染みがなかった。
 階段のところで、ロホは上へ、ンゲマは下へ向かう。2人は一瞬目が合った。礼儀としてンゲマ教授は素早く目を逸らし、無言で会釈して階段を降りて行った。

0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     14

  ロカ・エテルナ社を出たケツァル少佐は自分の車に乗り込むと、電話を出して副官のロホにかけた。 ーーマルティネスです。  ロホが正式名で名乗った。勿論かけて来た相手が誰かはわかっている。少佐は「ミゲールです」とこちらも正式名で応えた。 「まだ詳細は不明ですが、霊的な現象による事案...