2022/03/06

第6部 水中遺跡   2

  4階のオフィスに戻ったロホは、上官ケツァル少佐の机の前に立ち、会議終了の報告を行った。短く、

「サン・レオカディオ大学から出された助成金給付申請は却下されました。」

と告げ、会議の内容は”心話”で行った。少佐は無言で頷いた。却下されたのは当然だと言う意思表示だ。ロホが報告書を文書化する為に己の机の前に座ると同時に、隣の文化財遺跡担当課の職員達が戻って来た。4階に残って業務に就いていた同僚達に会議結果を報告したり感想を述べたりして、4階フロアが賑やかになった。
 カウンター前に座っていたアンドレ・ギャラガ少尉は、指揮官が怒らないかと心配になって、そっと少佐の方を伺った。文化保護担当部は3人しかいない。乾季の終わりが近づき、オクタカス遺跡で行われている今季の発掘調査が終了するので、監視役のマハルダ・デネロス少尉は忙しい。初めての大役を果たしている彼女の援護に、上官のキナ・クワコ中尉、通称アスルもオクタカスに出張しているのだ。だから残っている3人はとても忙しい。
 ギャラガの手元には来季の発掘申請が山のように配達されるし、メールも送られて来る。彼はそれを最初に隣の文化財遺跡担当課へ転送する。本来はそっちへ先に送られるべきなのだが、外国の研究機関は大統領警護隊文化保護担当部の承認が最初に必要だと勘違いしていることが多い。ギャラガは申請か別の要件か判別・仕分けしなければならなかった。そして文化財遺跡担当部で発掘申請受理が決定された案件は、再びギャラガの元に送り返されてくる。彼はそれを開いて内容を吟味して、申請書類の不備がないか審査する。文化財遺跡担当課との2重チェックだ。そして護衛の必要がない遺跡調査申請は直行でケツァル少佐に届けられる。少佐はそれに許可の署名をして文化財遺跡担当課へ戻す。
 護衛の必要がある遺跡の場合は手順が複雑になる。反政府ゲリラや盗賊の出没が懸念される地域の遺跡だ。或いは、(大きな声では言えないが)呪いがかけられた遺跡の場合だ。ギャラガは護衛の規模を想定し、案件をロホへ回す。ロホはそれを見て、陸軍の人件費や装備費用を算定し、発掘隊が支払うべき協力金の金額を割り出す。ロホが作成した予算書を見て、ケツァル少佐が本当にその遺跡監視にそれだけの費用が必要か検討する。遺跡監視費予算に許される範囲であると判定すると許可、予算的に無理と判じれば、ロホに再検討を求める。ロホの計算でどうしても護衛の規模に変更を加えなければならないとなると、協力金が増額される。それを申請者が承諾しなければ、発掘申請は却下される。
 申請者に協力金増額の通知を出すのはマハルダ・デネロス、陸軍に護衛の警備隊を編成させるのはアスルの役目なのだが、2人共不在なので、残っている3人が手分けして業務を行う。超忙しいので、少佐はご機嫌斜めだ。ギャラガは隣の職員達の喧騒で上官が苛立つことを恐れた。少佐の足元にはアサルト・ライフルが置かれているのだ。
 ケツァル少佐が視線を隣の課へ向けた。ヤバい! とギャラガが危惧した時、階段のところに一人の男が姿を現した。

「ケツァル少佐!」

 少佐の公式名であるミゲールではなくミドルネームのケツァルを使う一般人は、考古学界の人間だ。文化財遺跡担当課が静かになった。客が少佐を呼んだからではなく、客の出現が原因だった。文化財遺跡担当課の職員が客に声をかけた。

「少佐に直訴ですか、モンタルボ教授?」

 ギャラガは馴染みがなかったが、サン・レオカディオ大学のリカルド・モンタルボ教授は真っ直ぐに彼が座っているカウンターのところへやって来た。そしてカウンターに両手をついて、奥に座っているケツァル少佐に呼びかけた。

「護衛は要りません! 船や装備はこちらでなんとか整えます。ですから発掘許可をお願いします!」

 文化財遺跡担当課の課長がうんざりした様子で言った。

「大統領警護隊が護衛の有無を検討する前に、こちらで申請を通さなければ話は進みませんぞ、教授。」
「しかし・・・」
「兎に角、予算見積もりを立ててから来て下さい。調査員の安全が保障される装備を整えられるのかどうか、貴方の予算見積もりから推定して、許可を出せるか出せないか、考えますから。」

 ギャラガは上官達を見た。少佐も大尉も既にモンタルボ教授に興味がなさそうに書類に関心を戻していた。
 ギャラガは教授に言った。

「正式な申請書を提出していただけないと、護衛の有無の判定は出来ません。」

 モンタルボ教授は白人に見える若い少尉を眺め、それから溜め息をつくと階段を降りて行った。
 文化財遺跡担当課の職員の中から囁き声が聞こえた。

「カラコルの遺跡を発見したとなれば、一躍名を挙げられますからね。」


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