試験問題の手直しとは、文章の修正だった。解答が2つあるかの様な問題文になっていると言われ、その場で主任教授のパソコンを借りて修正して、一件落着した。スニガ准教授は試験問題を作る当番でなかったので、彼は洞窟探査に係る費用の相談を主任教授に持ちかけていた。テオはバイト料さえもらえれば良いので、主任教授の部屋を出た。
自分の研究室に入った途端に机の内線電話が鳴った。出るとンゲマ准教授だった。手が空いていたら、すぐ来てくれと言う。丁寧な言葉遣いだったが、声は不機嫌な響きを含んでいた。テオに腹を立てているのではなく、部屋の中の人物に怒っている様だった。テオは先刻の来客を思い出し、すぐ行くと答えた。
助手に試験が終わる迄は彼等自身の勉強に励む様にと部屋から出し、それから人文学舎へ急いだ。
ンゲマ准教授の研究室はドアが開放されたままで、学生が10人ばかり部屋の前に集まっていた。テオが彼等をかき分ける様にして進むと、ンゲマ准教授と先刻の客が話をしていた。客は出来るだけ穏やかに話そうと努力しているかに見えたが、ンゲマ准教授は怒っていた。
「どうかしましたか?」
とテオが尋ねると、そばにいた学生の一人が答えた。
「あの人が、僕等の発掘調査を撮影したいと申し出て来たらしいんです。」
「いけないのかい?」
「宝探しの様な演出をしたいって・・・」
「はぁ?」
客は撮影の協力に対する金額を提示しているのだが、ンゲマ准教授は研究調査とお遊びの映画撮影を一緒にするなと怒っているのだ。しかし客もなかなか引き退らない。ジャングルの奥深くに眠る未知の古代遺跡を世界中の人が見て、どれだけ感動するかと語っている。インディ・ジョーンズの世界を想像させるのだと言う。そんな映像を配信して儲かるのだろうか。
テオはなんとなく相手の正体がわかった気がして、試しに名前を呼んでみた。
「アイヴァン・ロイドさん?」
客が振り返った。おや? と言う顔をした。ンゲマ准教授が不機嫌な顔でテオを見た。
「お知り合いですか、ドクトル・アルスト?」
「ノ。さっき駐車場で初めて出会っただけです。でも名前は聞いたことがあります。アンビシャス・カンパニーのアンダーソン氏から・・・」
すると、ロイドの顔が険しくなった。
「アンダーソンがこちらに来たのですか?」
「一度だけ。俺に大統領警護隊文化保護担当部と顔つなぎして欲しいと言って来ました。」
ロイドがンゲマ准教授から離れ、テオの前に来た。
「大統領警護隊文化保護担当部の人とお知り合いなんですね?」
ンゲマ准教授がテオに硬い声音で言った。
「繋がなくて良いですよ、ドクトル。私は例え少佐が許可を出しても、この男を発掘現場に立ち入らせません。」
「撮影出来るのは土ばっかりですよ。」
と学生の中から声が上がり、その場の人々が失笑した。
「これから何年係るかわからない発掘に、泥だらけの作業を喜んで見る人がどこにいるんです? 帰って下さい。」
ンゲマ准教授はテオに言った。
「貴方からも、この人を説得して下さい。大統領警護隊は絶対にこの人には会わないって。」
テオはアイヴァン・ロイドをジロリと眺めた。アメリカ人だ、と思った。ヨーロッパ系セルバ人ではない。
「大統領警護隊は外国人と直接接触することは滅多にありません。」
と彼は言った。
「ンゲマ准教授が先に説明されたと思いますが、最初に文化・教育省に取材許可申請をして下さい。それがこの国のルールです。そこから先の手順は役所が教えてくれます。」
また学生の中から声が上がった。
「要求が通るのに1年を見込んで置いた方が良いです。」
爆笑が起きた。ロイドは真っ赤になり、そしてンゲマ准教授の部屋から出ると、学生の人垣を掻き分け足早に去って行った。
ンゲマ准教授が額の汗を拭った。
「グラシャス、ドクトル・アルスト。最近、考古学関係で奇妙な人間がやって来る。誰もまだ手をつけていないジャングルの奥の遺跡に、宝が隠されているなんて、どこからそんな発想が出て来るのやら・・・」
彼は学生達に気がつき、行け、と手を振った。学生達が散って行った。
「あの人は、モンタルボ教授の海底遺跡を取材しようとして断られたんです。それで今度は貴方をターゲットにしたのでしょう。」
「モンタルボにしても私にしても、まだ何も始めていないんです。訳がわからない。」
そうだ、訳がわからない。テオはロイドとアンダーソンの目的は何なんだろうと疑問に思った。
0 件のコメント:
コメントを投稿