2022/04/11

第6部  赤い川     8

  ベンハミン・カージョは「神託」によって占いをしていると客に語っていたそうだ。それは珍しいことではない。辺境の村で医者の代わりに仕事をしている祈祷師や占い師は、神霊の力によって病気の治療を施したり、未来の運命を告げたりするのだ。憲兵隊の捜査は、恐らくカージョのそんな商売が原因で客とトラブルになり、逃げたカージョの代わりにルームメイトが拷問され殺害されたのだろう、と言うことになった。そう言う状況も珍しいことではない。多くの祈祷師は住民から尊敬されているが、中にはその仕事ぶりに不満を抱く客もいるのだ。
 テオはオルガ・グランデ陸軍基地の大統領警護隊控え室で昼寝をしながら、携帯でネットニュースを眺めていた。ベアトリス・レンドイロの行方を知っているかも知れない男は、ロホの呼びかけに応えないかも知れない。占いで日銭を稼ぐなんて、”ヴェルデ・シエロ”のやることじゃない。”ティエラ”の占い師なのだろう、と彼は思った。
 シエスタが終わり、基地内が再び活気を取り戻したようになった。交代で勤務しているからシエスタの時間帯でも誰かが働いているのだが、やはり全員で活動している方が活気がある。
 テオとロホはオルガ・グランデ聖教会へ出かけた。まだ日は高いが、夕方の礼拝が始まる頃だ。陸軍から車を借りたが、運転手は付けなかった。オルガ・グランデ最大のキリスト教会は時間に関係なく誰かが出入りしている観光スポットでもあった。尤も、グラダ・シティから西部までやって来る外国人観光客は少ない。北側の隣国から西の太平洋岸へ来るのは鉱石を買うバイヤーばかりで、観光目的で来る人はいない。つまり、オルガ・グランデは”ティエラ”の町だが、セルバ人色が濃い場所でもあった。目に付くヨーロッパ系の人間は鉱山関係者ばかりだ。
 ロホは車を教会前の広場の隅に駐車した。そこは特に駐車場の表示がなかったが、多くの車が駐められていた。ロホは「大統領警護隊使用車」と書かれたプレートをフロントガラスの内側に置いた。車上狙い防止の処置だ。
 聖堂の中に入ると、陽光が遮られ、ステンドグラスを通った色が着いた光が差し込んで床に綺麗な模様が浮かんでいた。それを撮影しているアマチュアカメラマンを避けて歩き、祭壇の前まで行った。ヒヤリとした空気が気持ち良かった。ベンハミン・カージョは来るだろうか。テオとロホは長椅子に座った。何時間待てば良いのかわからない。
 暫く2人は黙って座り、それからどちらからともなく世間話を始めた。テオはロホとグラシエラ・ステファンの恋愛の進み具合が知りたかった。順調に愛を育んでいるのか、結婚する予定はあるのか、ロホの実家は彼女のことをどう考えているのか、等々。余計なお世話なのだろうが、セルバ人は案外この手の話をずけずけと他人に質問する。だからテオもセルバ流にやってみた。ロホは照れながらも、彼女と週末の軍事訓練の翌日にデートしていること、結婚は彼女が教師の資格を取得して何処かの学校に配属される迄考えられない(考えるのが難しい)こと、彼の実家は現在のところ彼が半グラダの女性と交際している事実に何も意見を言わないこと、などを語った。
 テオは周囲で耳を澄ませている人がいないか確認してから、尋ねた。

「君の両親は、純血種の家系に白人の血が入ることを反対しないのか?」
「私の両親は時代の変化と言うものを承知しています。純血にこだわれば近親婚が多くなってしまうことも理解しています。実際、一族と見做されている人々の4分の1は既に異種族の血が入っています。グラシエラを拒めば、それらの人々の存在さえ拒むことになるでしょう? 私の家系の偉い人々は、それをわかっています。現在のところ、彼女と私の交際を禁止する言葉は誰からも出ていません。」
「良かった。」

 テオは微笑んだ。グラシエラも兄のカルロもロホの実家マレンカ家に拒否されていないのだ、今のところは。
 質問される側にいるのが飽きたのか、ロホからも難問の質問が出された。

「貴方は、少佐とどこまで進んでいるんですか、テオ?」
「え?」

 テオは顔が熱くなった。薄暗いので赤面したのを気づかれずに済んだだろうか?

「どこまで、と訊かれてもなぁ。泊まりがけで出かけても、宿は別々の部屋だし、一つの部屋しかない場合も、何もない・・・」
「まさか・・・」

とロホが本気で驚いた。何を期待されているんだ? テオは躊躇してから言った。

「軽く挨拶程度のキスならしたことがある。彼女は・・・君も知っていると思うが、男性の部下の前で肌を露わにしても平気な女性だ。」
「まぁ・・・確かに・・・」

 ロホも上官の特異な性格を渋々認めた。

「だから、俺はどの段階で彼女が俺に誘いをかけているのか、判断出来ないんだ。判断を誤ってうっかり手を出したら張り倒されそうな気がする。」

 テオの告白を受けて、ロホは笑い声を忍ばせるのに必死だった。テオは彼が全身の震えを止める迄待った。やがてロホが目の涙を拭って顔を上げた。

「失礼しました。しかし、テオ、遠慮は無用だと思いますよ。少なくとも、彼女は嫌いな相手と同じ部屋で休まないだろうし、何処かへ出かける時は貴方を同行者に指名するし、本来なら部外者を参加させない会合や行事に貴方が加わることを許可しています。一度エル・ティティへ帰省する時に彼女を誘ってみては如何です?」

 和やかに恋愛談義をしていると、一人の男性が彼等に近づいて来た。


0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...