ベンハミン・カージョは逃げてしまった。彼がベアトリス・レンドイロ記者の行方を知っているとは思えなかったが、彼が何と戦っているのか、まだ掴めないでいた。古代の神殿建築の秘密を暴いたとして、それが現代にも用いられていると言う証明がない。その建築が建物を崩壊させることを前提に造られたと言う証明もない。だから、カージョやレンドイロがどんなに古代の秘密をネット上で騒ぎ立てても、”ヴェルデ・シエロ”には痛くも痒くもない筈だ。
だが・・・
テオは帰りの車の中でロホに言った。
「カラコルの海底遺跡で古代の7柱の秘密が暴かれないか、ロカ・エテルナ社は心配していた。いや、会社じゃないな、アブラーン・シメネス・デ・ムリリョが心配していたんだ。」
「アブラーンが心配したのは、その工法が現代人に知られることではないと思います。」
とロホは人混みの中を慎重に運転しながら言った。
「彼の先祖がその工法を使ったことを、一族の他の部族に知られたくなかったのでしょう。」
「どう言うことだ?」
「つまり、現代もその工法で建てられている施設が、”ヴェルデ・シエロ”社会にあると言うことです。」
テオは考えた。
「つまり、”ヴェルデ・シエロ”の中で、部族間抗争が起きた場合に、マスケゴ族が相手を簡単に殺せる場所があるってことか?」
「スィ。私は見当がつきますが、言わないでおきます。貴方が知って得をすることではありません。」
思わせぶりな言い方だが、テオはロホがどの場所のことを言っているのか、想像出来た。確かに、その場所が崩壊したら、恐ろしいことになるだろう。国中の”ヴェルデ・シエロ”は大混乱に陥るし、セルバ共和国も大きな衝撃を受ける。政治的ダメージを受ける人間も少なくない筈だ。
「アブラーンはその秘密を一子相伝の範囲に止め、未来永劫使用されないことを願っている筈です。だから、古代の建築法の秘密を暴いたと騒ぎ立てる”ティエラ”を殺して騒ぎを拡大させるとは思えません。カージョとレンドイロがS N S上で交わした会話は公開されているもので、誰でも見られますが、閲覧者が増えたのはレンドイロの行方不明がテレビで報じられてからです。それ迄は双方の友人や客が見ていただけで、4、5人程度でした。占い師と記者に興味はあっても、彼等2人の会話には興味を持たれなかったのです。閲覧が増えたのは、レンドイロの行方不明にカージョが関わっているのではないか、と憲兵隊が考えたからですね。」
「それじゃ、最初から彼等の会話を見ていた人物を特定出来れば良いんだな・・・。憲兵隊はサイバー分析の専門家を雇っているんだろうか?」
「どうでしょう・・・」
ロホが苦笑した。
「そもそも、貴方は、何処からカージョの住所を突き止めたんです? 憲兵隊は公開していなかったと思いますが?」
それでテオはアントニオ・バルデスにレンドイロのS N S上の会話相手を探してもらったと言った。ロホは溜め息をついた。
「バルデス社長はそう言うシステムや専門家を持っているんですね。」
「レンドイロの会話相手がカージョだと指摘したのは、ゴシップ誌”ティティオワの風”だった。あの雑誌は何処の町や村でも手に入るから、全国にカージョの名前は知れ渡っているだろう。」
「カージョのルームメイトを拷問して彼の居所を吐かせようとした人物は何者だと思います?」
難しい質問だ。”砂の民”と言いたいが、”砂の民”は自分達の仕事を仕事だと知られないように標的を殺害する。それに彼等は”ティエラ”を拷問しない。目を見て”操心”で自白させる。
夕暮れ時の街中を走っていると、ロホの携帯に電話が掛かってきた。ロホは堂々と道路のど真ん中で停車した。狭い道路だったから、路肩や駐車スペースなどない。道端に寄せても、車同士すれ違える幅がないので、ロホはそんな手間をかけなかった。
彼が電話に「オーラ」と応えると、男の声で何か早口で喋るのがテオに聞こえた。ロホは表情を変えずに聞いていたが、やがて、返答した。
「了解。すぐにそちらへ向かう。」
彼は電話を切ってポケットに仕舞うと、車を発車させた。軍用車両の後ろで辛抱強く待っていたドライバー達がホッとするのを、テオは背中で感じた。
「何か厄介事か?」
「スィ。」
ロホが前方を見ながら囁いた。
「晩飯が遅くなるかも知れません。」
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