2022/04/12

第6部  赤い川     11

  呼び出しの内容はレンドイロ記者の行方不明ともカージョのルームメイト殺害とも関係ない話です、とロホは断った。

「私がオルガ・グランデに来ている情報は、この土地の”ヴェルデ・シエロ”社会に既に拡散されています。大統領警護隊が動くと少なくとも長老級の人々にはグラダ・シティから情報が飛ぶのです。自分達の部族の粗探しをされない為の、自衛手段です。」

 彼は車を市街地から郊外に向かって走らせた。日が落ちかけているので、街がシルエットになり、テオは家々の灯りが庶民の住宅から見えることに気がついた。オフィス街からも繁華街からも遠ざかりつつあった。

「大統領警護隊としての、仕事の依頼かい?」
「スィ、と言うより、私の実家の名前に対する依頼です。」

 テオはロホが宗教的な権威を持つ”ヴェルデ・シエロ”の旧家の出であったことを思い出した。

「祈祷かお祓いの依頼なのか?」
「スィ。電話ではよく事情が掴めませんが・・・貴方が同行することを言っていないので、私が紹介する迄、車の中にいて下さい。依頼者は”シエロ”であることを白人に知られたくないですから。」
「わかった。」

 道路の舗装が途切れ、土の上を走っている感触が伝わって来た。マジに郊外だ。車は緩やかに蛇行する道を走り、テオはヘッドライトの灯りの中に見える岩や、野生動物の光る目を眺めた。やがて平らな場所が見えてきた。

「トウモロコシ畑です。オエステ・ブーカ族の村ですよ。」

とロホが教えてくれた。彼は車を一軒の家の前に停めた。ヘッドライトの灯りの中に見えた家は、石の壁と薄い瓦葺の屋根の、そこそこ立派な家だった。男が2人外に立って、車を出迎えた。ロホがエンジンを止め、車外に出た。男達が彼に挨拶した。ロホが属する主流のブーカ族と、大昔に政争で敗れて西部へ移住したオエステ・ブーカ族はどちらが優位なのか、テオはわからなかった。目の前の光景を見る限りでは、出迎え側がロホを自分達より格上扱いしている風に思えた。ロホが自己紹介をして、また彼等は改まって礼儀作法に則った挨拶を繰り返し、やっとロホが車を振り返って、白人を連れていること、その白人は”ヴェルデ・シエロ”の大事な友人であることを紹介した。彼が手を振ったので、テオは許可が出たと判断して、車外に出て、彼等のそばへ行った。ロホが紹介してくれた。

「グラダ大学のアルスト准教授です。」
「アルストです。宜しく。」

 テオが作法通りに右手を左胸に当てて挨拶すると、向こうも同じ仕草をした。ロホが彼等を紹介した。

「族長のセフェリノ・サラテさんとこの家の主人のマリア・ホセ・ガルシアさんです。」

 サラテは60歳を過ぎていると思われる純血種で、ガルシアは40代半ばのメスティーソだった。メスティーソでも”ヴェルデ・シエロ”なのだ。
 テオは何となく生臭い臭いがすることに気がついた。金気臭い、胸が悪く様な臭いが風に乗って漂って来る。彼が風上に視線を向けると、サラテが尋ねた。

「貴方にも臭いがわかりますか?」
「スィ。」

 テオは頷いた。

「正直に言わせて頂きますが、胸が悪くなるような臭いが風に乗って来ます。」

 サラテとガルシアが頷いた。ロホも肯定した。そして呼ばれた理由を語った。

「この家の裏手に細い川が流れています。その川の水が今日の午後、赤くなり、不快な臭いが漂い始めたそうです。」
「川が赤くなった?」

 テオはギクリとした。この臭いは血の臭いなのか? サラテとガルシアは彼の想像を裏切らなかった。彼等は暗い空間に顔を向けた。

「上流で何かが死んでいます。川が汚されてしまった。」
「グラダ・シティからマレンカ家の御曹司が来られていると聞いて、長老に連絡を取って頂いたのです。」

 先刻の電話は、オエステ・ブーカ族の長老の一人から掛かって来たのか? するとロホがテオに分かりやすく説明した。

「この村の長老は私への連絡方法が分からなかったので、最初に憲兵隊に連絡を入れたのです。先住民の村で問題が発生した場合の担当公的機関は憲兵隊ですから、正しい処置でした。憲兵隊は大統領警護隊に連絡して欲しいと依頼され、陸軍オルガ・グランデ基地に連絡して、私の携帯電話の番号を知る基地司令官秘書が私に電話して来たのです。」

 長い説明だが、分かりやすかった。もしサラテかガルシアに語らせたら、周りくどい説明でややこしくなっただろう。

「ここの人達は、君にお祓いをして欲しいと願っているってことだね?」
「スィ。しかし、原因を突き止めないと、物理的に解決しません。」

 ロホは現実的だ。

「川を見てきます。貴方はここで待っていて下さい。」

 テオはついて行きたかったが、街灯も何もない場所だ。ロホもサラテもガルシアも”ヴェルデ・シエロ”だから、照明なしでも暗がりの中で目が見える。夜の屋外は危険だ。蠍や毒蛇に出くわす確率が高い。テオは素直に車の中で待つと応じた。するとサラテが言った。

「マリア・ホセに川筋を案内させます。私はアルスト准教授とここで待ちます。」

 ガルシアが自宅を指した。

「中でお待ち下さい。家の者に居間で接待させます。」


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