2022/04/13

第6部  赤い川     13

 ロホとマリア・ホセ・ガルシアが家の中に入ってきた。ロホがサラテに向かって言った。

「1キロ上流に人の死骸がある。憲兵隊に連絡を取ろうと思ったが、携帯の圏外だった。貴方でもガルシアでも、どちらでも良いから、ここから憲兵隊に通報して欲しい。」

 ロホは自分の電話を使いたくなさそうだ。本来の目的と離れた事件だった場合、それに巻き込まれて仕事を増やすのは御免なのだ。サラテが己の携帯電話を出した。

「貴方のお名前を出して構わないでしょうか?」
「それは構わない。ガルシアと私が死骸を見つけた。家に入る前に私はガルシアのお祓いをした。憲兵隊の捜査が終わる時に私がオルガ・グランデにまだ居れば、川のお祓いをするが、私が其れ迄に去れば、村の長老に頼むと宜しい。」

  ロホが大統領警護隊と言うより、祈祷師の本領を発揮する言葉で話すと、サラテは安心した表情で電話をかけた。
 テオはガルシアが青い顔をして椅子に座り込むのを見た。夜目が利くから、まともに遺体を見てしまったのだろう。テオは無断で良いのかと思いつつも、台所へ水を汲みに入った。そこにガルシアの妻が不安気に座っていた。彼女はテオが入って来ると、彼の顔を見た。居間の会話は聞こえているから、嫌な言葉も聞いてしまったのだろう。だからテオは微笑んで見せた。

「大尉は祈祷師でもあるから、旦那さんのお祓いをしてくれました。この家は安全です。」

 妻が心なし表情を和らげ、頷いた。テオが彼女の夫に水を与えたいと言うと、水道の蛇口からコップに水を汲んでくれた。ここは上水道が通っているのだ、とテオは安心した。少なくとも死体で汚された川の水を使わずに済んでいる。
 テオが水を運んで行くと、サラテは電話を終えていた。ロホがテオに言った。

「憲兵隊は1時間後に到着するでしょう。2時間後かも知れません。ここで待ちますか? それともセニョール・サラテに送らせましょうか? 陸軍基地に貴方が泊まることを連絡しておきますが?」
「俺もここで待つ。」

 テオは事件がどう展開するのか、ただ安全圏に留まって見ているのは嫌だった。ロホは頷き、サラテに帰宅を許し、ガルシアに庭を借りると言った。車の中で憲兵隊を待つつもりだった。しかし、ガルシアが立ち上がり、これから妻に食べ物を用意させるので居間にいてくれと言った。水を飲んで落ち着いた様だ。恐らく大統領警護隊が家の中にいれば悪霊が来ないと思ったのかも知れない。
 サラテは憲兵隊が来たら己もまた来ると言って、帰宅した。聞けば彼の自宅はガルシアの家から歩いて20分かかると言う。その距離を彼は車を使わずに来ていたのだ。
 食事の用意が出来る迄、テオはロホとガルシアと共に居間に座っていた。テオがサラテから聞いた若者の不満分子の話をすると、ガルシアが苦笑した。

「”出来損ない”の連中です。俺も”出来損ない”ですが、まだママコナの声は聞こえる。聞き取れないが、聞こえるレベルです。だが、全く声が届かない連中が、俺達や中央の尊い人々に不満を抱いている。搾取されている訳でもないのに、何が不満なのか、俺には理解出来ません。」
「彼等の生活水準は? 貴方は耕作地をお持ちだと思いますが、彼等は畑を持っていないのでは?」
「連中は畑どころか、仕事もありません。昼間っから酒を飲んだり、ギャンブルにのめり込んだり・・・貧困は自分達のせいなのに、他人のせいにする。」
「オルガ・グランデは仕事がないのでしょうか?」
「鉱山会社へ行けば、いくらでもあります。きつい仕事ですが、今は機械が導入されて昔に比べればかなり楽だし安全になったと聞いています。学校で勉強すれば、オフィスで仕事をもらえる。セルバ共和国は貧富の差が大きいですが、義務教育は無料なので、学校は誰でも行けるんです。奨学金だってもらえる。俺の上の息子も奨学金で大学に行ってます。下の息子は地元で農作物の改良を研究している会社で勉強しながら働いています。真面目に働けば、不満なんてない筈です。」

 ちょっと楽観主義的な発言だったが、ガルシアが若い不満分子を快く思っていないことを、テオとロホは理解した。

「ベンハミン・カージョも不満分子でしょうか?」
「ああ、あのインチキ占い師!」

 ガルシアは唾を吐きたそうな顔をして堪えた。

「神殿を冒涜するような文章をネットに書き込んでいたヤツです。だが本人は何か行動を起こす度胸はない。若い連中に中央の陰謀やら、外国の脅威やら、あることないこと嘘を吹聴して混乱させていました。村の年寄りの中には、闇の仕事をする人にあいつを引き渡そうと言う者もいましたよ。」

 物騒なことをガルシアは平気で言った。テオが白人だと言う認識が足りない。
 そこへ彼の妻が食事の支度が出来たので、台所へ来る様にと男達に告げた。

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