2022/04/13

第6部  赤い川     14

  ガルシア家の食事は質素だった。煮豆に蒸した米、挽肉と玉葱をピリ辛のトマトソースで煮込んだものが1枚の皿に盛り付けられて配られた。「こんな物しかなくて申し訳ない」とガルシアの妻は謝ったが、ロホもテオも美味しいと応えた。

「陸軍基地の食事に比べれば、遥かにご馳走だ。」

とロホが言うと、ガルシアの息子が「そうなんですか?」とちょっぴりがっかりした口調で応じた。ひょっとすると入隊を考えていたのかも知れない。
 食事を終える頃になって、外で車のエンジン音が聞こえた。やっと憲兵隊のお出ましだ。テオとロホはガルシア家の人々に食事の礼を言って、席を立った。ガルシアも立ち上がったが、ロホが自分が憲兵隊を案内するから彼は休んで良いと言った。それでガルシアは族長を呼んでおきますと言った。
 夜間に郊外へ呼び出された憲兵隊は機嫌が悪そうだったが、現れたのが大統領警護隊だったので、文句を言わずに川の上流へ向かった。今度はテオも同行した。
 車のライトで光る川の水は細く、川と言うより水の流れとしか呼べない様なものだった。それでも乾燥した土地では貴重な水源なのだろう。余程の旱魃でもない限り、この流れは涸れずに畑を潤しているに違いない。だから、その川が汚されてしまうのは、農民にとって死活問題だった。
 道路状況は上流へ行くに従って酷くなって来た。凸凹道をゆっくり走り、車幅ギリギリの狭路を行くと、やがて広い川原に出た。ロホが車を停めると、憲兵隊の車両、司令車とトラック2台、計3台が横並びに川原に停まった。
 憲兵隊がライトを設置して地面に横たわる遺体を照らすと、各車両はライトを消した。ガルシアの家の庭で嗅いだ不快な臭いが強くなり、テオはハンカチで鼻を押さえた。遺体を見たくなかった。ロホはスカーフで顔を目の下から覆い、同様のスタイルになった憲兵達を遺体まで導いた。遺体の下から流れ出る液体が川へ流れ込んでいた。まるで遺体が川の源流みたいな細い流れだ。1キロ下流で川の水が赤くなって異臭がしたのも無理がない状態だ、とテオは感想を抱いた。憲兵隊の指揮者と少し話をしてから、ロホが車に戻って来た。

「彼等に後を任せました。除霊の必要はないと彼等は考えているので、私は口出ししません。帰りましょう。」

 テオはホッとした。ここで捜査に加われと言われたら、嫌だな、と思っていたからだ。
 車が動き出し、方向転換して来た道を戻り始めると、彼は尋ねた。

「死んでいたのは、男かい?」
「服装や体格から判断するに、男性でしょう。」
「死んでどのくらい時間が経っているんだ?」

 ちょっとベンハミン・カージョが心配になったので、そう尋ねた。ロホがちょっと考えた。

「腐敗の進み具合から考えて1日ですか・・・動物に荒らされた跡が少なかったので、2日は経っていないと思います。」
「村人は川が変化する迄、気がつかなかったのか?」
「死体がある場所は耕作地ではありません。この先の峠を越えたところに、古い鉱山跡があるそうです。今走っている道は旧道です。新しい道がもう少し戻ったところから分岐して、この村の一番民家が集まっている場所を通って隣村へ続いています。」

 ガルシアの家迄戻ると、族長のサラテが来ていた。ロホは車に乗ったまま、サラテと”心話”を交わした。恐らく憲兵隊とのやり取りを伝えたのだろう。サラテが頷いた。

「もし祈祷が必要なら、長老に相談します。」

と彼はロホに言った。別れの挨拶を交わし、テオとロホはオルガ・グランデ陸軍基地へと向かった。


0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...