アントニオ・バルデスはテオの厚かましいお願いを、顰めっ面しながらも引き受けてくれた。
「その行方不明になっている記者は、貴方の友人なのですか?」
と訊かれたので、テオは「ノ」と答えた。
「友人のところへ取材に来た記者だ。そのうち俺の研究も取り上げてもらおうと思っていた、その程度だ。彼女個人の連絡先も何も知らなかった。だが、彼女が行方不明になる直前に乗ったバスに、俺も乗り合わせていたんだよ。」
バルデスが電話の画面の中で彼をじっと見つめた。
「またバスですか。貴方とバスは奇妙な組み合わせなのですな。」
そしてベアトリス・レンドイロが行方不明になる前に彼女とベンハミン・カージョのネット上での会話を覗いていた人々を探してみると言って、通話を終了させた。
横で聞いていたロホがフッと笑みを漏らした。
「彼は善人と言えない人間ですが、することは筋が通っています。貴方に協力すれば大統領警護隊文化保護担当部における彼と彼の会社の株が上がる。鉱山業務がやりやすくなると言う訳です。」
「つまり、俺も彼に利用されているんだな。」
テオも笑った。
陸軍基地内でウダウダしていても埒が開かないので、テオとロホは街へ出かけた。ベンハミン・カージョが住んでいたクーリア地区のアパートへ行ってみたら、既に規制線は外されていた。住民が邪魔だと言うので、切ってしまったのだ。警察も憲兵隊も文句を言わないから、黄色いテープの破片はそのまま千切れて小さくなるまで風にはためくことだろう。
カージョの部屋は荒れていた。殺人者が荒らしたのか、警察が捜査の為に荒らしたのか、よくわからない。もしかすると以前から整頓されていない部屋だったのかも知れない。占い師だと聞いていたが、占いの道具と思われる物は見当たらなかった。パソコンもなかった。殺人者が奪ったのか、警察が押収したのか、それともカージョが持ち歩いているのか。
床にチョークで死体があった型が描かれていた。血溜まりが黒くなって残っており、異臭がした。テオは耳を澄ませてみたが、アパートや通りの雑音や人の話声しか聞こえなかった。ロホを見ると、彼も特に死者の霊が見えている様子でなかった。
生活の場であって、商売をする場所ではないのかも知れない、とテオは思った。占いを依頼する客はどこでカージョと会っていたのだろう。近所の人に聞き込みをしようと部屋の外に出た。
廊下の向こうでチラリと人影が見えた。テオはその顔を見て、叫んだ。
「カージョ!」
人影が壁の向こうに引っ込んだ。テオは走り出した。
カージョが階段を駆け降りる音がして、彼も追いかけた。通りに出ると、カージョが左手へ走り去るのが見えた。テオが追いかけ、カージョが逃げる。カージョは地の利があるが、テオは足が早い。狭い住宅地の道を2人の男は全力で走った。
カージョが6つ目の角を曲がった。テオもその角を曲がった。カージョが立ち止まっていた。前方を、いつ先回りしたのか、ロホが立ち塞がっていた。
「何故逃げる?」
とロホが尋ねた。テオはカージョの後ろに追いついた。息が弾んでまだ口を利けなかった。カージョもはぁはぁと息を肩で息をしていた。彼が苦しい息の下で悪態をついた。テオは顔を上げ、そこがカージョのアパートのそばだと気がついた。ぐるっと町内を一周しただけだ。いや、カージョはそうせざるを得なかったのだ。彼は”ヴェルデ・シエロ”の血を引いており、ロホが張った結界から出られないのだ、とテオはようやく気がついた。純血種で高度な技を習得しているロホが張った結界を無理に破ろうとすれば、”ヴェルデ・シエロ”は脳にダメージを受ける。”ティエラ”には無害な精神波のバリアーだが、一族には致命的だ。
「俺を捕まえに来たんだろ?」
とカージョが言った。
「俺をワニに食わせるために・・・」
「馬鹿な・・・」
ロホが真面目な顔で言った。
「我々はお前が何をしたのかも把握していない。だからお前が何を心配しているのか、お前のルームメイトが何故殺されたのかもわかっていない。だから、お前の話を聞きに来たのだ。」
「それじゃ・・・」
カージョはやっと上体を真っ直ぐに伸ばした。
「あんた達はレンドイロを捕まえたんじゃないのか?」
「ノ!」
テオはやっと声が出せるようになったので、ロホより先に否定した。
「俺は彼女とアスクラカンへ向かうバスの中で言葉を交わした最後の人間だ。彼女はアスクラカンで下車してそれっきり戻らなかったが、そのまま行方不明になっていたことを知ったのは、つい最近だ。だから気になって、大統領警護隊の友人の協力で彼女の行方を探しているんだ。最初はアスクラカンへ行くつもりだったが、彼女が貴方とネット上で話をしていたと知って、貴方が何か手がかりを持っていないかと期待してここへ来た。そしたら殺人事件が起きていて、びっくりしたんだ。貴方とレンドイロが何に巻き込まれているのか、俺達は知りたいんだ。」
一気に喋って、咳が出そうになった。彼が唾液を飲み込んで喉を休めている間に、ロホがカージョに近づいた。
「ここは安全とは言えない。もしお前が我々を信用してくれるなら、陸軍基地へ連れて行って保護するが、それが嫌だと言うなら、どこかお前が知っている場所へ案内してくれ。」
カージョはテオとロホを交互に見比べた。白人と大統領警護隊を信用して良いものかと考えているのだ。
数分間の沈黙の後、カージョは腕を振った。
「俺の隠れ場所へ案内する。逃げたりしないから、結界を解いてくれ。」
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