2022/04/15

第6部  赤い川     18

  ベンハミン・カージョの隠れ家はクーリア地区の古民家にあった。台所の床板を外すと、古い坑道に降りられたのだ。どこからか違法に引いた電線で、暗い電灯が一つだけ灯る空間があり、そこにカージョは寝袋と食料を置いていた。昔トロッコでも通ったのか、錆びたレールの残骸が床にあり、何処かへ通じる通路が暗闇の中へ消えていた。決して暖かい場所と言えなかった。

「ここじゃネットが使えない。だからアパートに戻ろうとした。」
「パソコンはなかったぞ。」

 テオが教えると、カージョは悔しそうな顔をした。

「アイツらの仕業だ!」
「アイツらって?」
「レグレシオンの連中だ。」

 ロホが、ハッとした表情になったので、テオは彼を見た。

「知っているのか?」
「話に聞いたことはあります。所謂インテリの反政府組織です。”ティエラ”の学生崩れ達が組織した団体で、政府高官の家に小型爆弾を送りつけて来たり、富裕層の家の子供を誘拐して洗脳して仲間に引き入れたりするのです。」
「大統領警護隊は直接関わらないからな、あの連中とは。」

とカージョがちょっと人を馬鹿にしたような口調で言った。

「あんた等は一族に害が及ばなければ、知らん顔をしているんだ。」
「国民に直接被害が出なければ動かないだけだ。」
「政府高官だって国民だぞ。」

 テオはロホとカージョが喧嘩を始める前に、割り込んだ。

「何故レグレシオンが犯人だと思うんだ?」
「半月前に新聞記者を装った男が取材だと言って、俺のアパートに来た。遺跡の7柱の仕組みについて、かなり熱心に質問してきた。だが俺は、一族の存亡に関わる情報は渡せないと承知している。だから適当に返事をしてはぐらかした。男は満足した様子じゃなかった。俺が何か重要なことを隠していると勘づいたんだな。俺は占い師で、建築の専門家でも考古学者でもないから、柱をどう破壊すれば建物全体が崩れるなんて、知らないって言って追い払った。」

 テオは嫌な想像をした。

「もしかして、シティ・ホールとか大きな施設でテロを起こすつもりじゃないだろうな?」

 カージョが暗がりの中で、顔を暗くした。

「その可能性はあるかもな・・・」
「貴方が出かけている間に彼等は再びアパートに来て、貴方が柱の仕組みをパソコンの中にでも隠していると考え、貴方のルームメイトを殺害してパソコンを盗んだんだな?」
「恐らくな・・・パソコンの中にはそんな情報は入れていない。占いの客の個人情報ばかりだ。」

 テロリストにとって無用な情報でも、それを掴んでいるのがテロリストだと考えただけでも嫌じゃないか、とテオは思った。

「貴方は、マックス・マンセルと言うアメリカ人を知っているかい?」
「マンセル? ああ・・・」

 セルバ人のインチキ占い師はアメリカ人のインチキ占い師を知っていた。

「俺のところへやって来て、古代の神殿が破壊されたのは、柱が折れたからじゃなくて、核爆弾が仕掛けてあったからだと言いやがった、頭のおかしな男だな?」
「実際に会ったのか?」
「スィ。アパートに来やがった。俺に考えを改めろと迫ったんだ。頭がおかしいとしか言いようがないだろ?」

 カージョの7柱の説は正しい。そしてカージョはそれを実際に現代使用する目的で建設された公共施設があると指摘した。それを誤っているとアメリカ人のマンセルが批判しに来た? マンセルはカージョの説の誤りを認めさせて己の名誉回復を図ろうとしたのか?
 もしかすると、とテオは呟いた。ロホが彼を見た。テオは頭の中の考えを言った。

「マンセルは核爆弾の話をテロリストに売り込んだのかも知れない。だがテロリストはカージョの説の方を支持した。マンセルはカージョに誤りだと認めさせようとして相手にされなかった。テロリストには、頭のおかしなマンセルは邪魔だ。だから処刑してしまった・・・」

 え?とカージョが声を上げた。

「あのアメリカ人は殺されたのか?」

 暗い隠れ家の中に沈黙が降りた。


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