2022/04/14

第6部  赤い川     16

  オルガ・グランデの憲兵隊基地は陸軍基地内にある。グラダ・シティの様な独立した場所を持っていないのは、土地が限られているからだ。市街地は旧市街新市街どちらも家がびっしり建て込んでいるので、丘陵地しか空いていなかった。
 ロホは憲兵隊基地へ行くと、前日ベンハミン・カージョの家で起きた殺人事件の担当者を呼び出した。担当の曹長は、カージョのインチキ占いに腹を立てた客がカージョを襲うつもりで家に押し入り、ルームメイトの男を拷問した挙句死なせてしまったのだろうと言った。テレビで放映されたグラダ・シティの雑誌記者行方不明の事件と、カージョのルームメイト殺害事件を関連づけて考えていなかった。犯人の目撃はなく、怪しい人間や車を見た人もいなかった。いたかも知れないが、事件に関わりたくないので名乗り出ないだけとも考えられた。

「カージョの行方はわからないのですか?」

とテオが訊くと、曹長は肩をすくめた。わからないのだ。オルガ・グランデはグラダ・シティと比べて土地は狭いが、周囲は岩山や砂漠で、しかも街の地下は坑道が縦横無尽に掘られている。隠れ場所に不自由しない。20数年前、ケツァル少佐とカルロ・ステファンの父親シュカワラスキ・マナは2年間たった一人で一族と闘ったが、それは坑道と言う隠れ家があったからだ。
 憲兵隊があまり情報を持っていないとわかり、ロホが陸軍基地に戻りましょうと言った。テオは同意したが、ふともう一つの事件を思い出した。

「昨夜、農村で見つかった死体の身元はわかったんですか?」

 曹長は担当ではないので知らないと答えたが、すぐに大統領警護隊のロホがいることを思い出し、慌てて担当者に連絡を取ってくれた。暫く相手と話をしていたが、電話を終えるとテオに向き直った。

「アメリカ人のマクシミリアム・マンセルと言う人を知っていますか?」
「マクシミリアム・マンセル?」

 テオはどこかで聞いた記憶がある、と考えた。マクシミリアム・・・マックス・マンセル?

「マックス・マンセルか!」

 彼が叫んだので、ロホと曹長が驚いて彼を見た。

「お知り合いですか?」
「まさか!」

 テオは苦笑した。

「俺がまだアメリカ人だった頃に、テレビに出まくっていたインチキ占い師だ。預言者と称していたがね。話術が巧みで、結構騙された人が多かった。そのうちインチキだって訴えられて、行方を眩ませたんだ。俺が初めてセルバに来るより少し前だったから、覚えている。あのマックス・マンセルがどうかした?」
「昨晩の死体がパスポートを所持していました。名義がマクシミリアム・マンセルだったのです。」

 今度はテオが驚いた。詐欺師として悪名を得た男が、セルバ共和国の荒地で死んでいた? せいぜいメキシコ辺りに逃げたとばかり思っていたが。

「死因はわかったのかな?」
「後頭部を拳銃で撃たれていたそうです。後ろ手に縛られていたので、所謂処刑の形で殺されていました。」

 曹長の言葉に、実際に遺体を見たロホが頷いた。
 憲兵隊に礼を言って、テオとロホは陸軍基地に戻った。

「妙なことになってきた。」

とテオはベッドに腰を下ろしてから言った。

「カラコル遺跡の地下に核爆弾が仕組まれていたと、チャールズ・アンダーソンやアイヴァン・ロイドに嘘を吹き込んだのが、マックス・マンセルだったんだ。アンダーソンとロイドは本当の話だと信じ込んでしまい、モンタルボ教授の発掘調査に同行して核爆弾の痕跡を見つけようと考えたんだ。しかし実際は核爆弾なんてなかった。カラコルの街の大元を築いたマスケゴ族の先祖達は、7柱の仕組みで、いざとなった時に街を崩せるように細工したんだ。
 現代のマスケゴ族はその仕組みが”ティエラ”ではなく一族に知られるのを心配している様なんだ。先祖が一族と仲違いした時の用心に造ったものが残っていると後味が悪いのだろう。ところがそれをベンハミン・カージョが気がついて、ネット上でベアトリス・レンドイロに語ってしまった。カージョは中央の長老会や政府に不満を抱いている様子だったから、所謂先祖の秘密の暴露をしてやろうって魂胆だったのだろう。レンドイロ記者は純粋に考古学の謎を解く好奇心だったと思う。だけどネット上で彼等の会話を覗いた誰かが、気に入らないと感じたんだ。レンドイロがアスクラカンで襲われ、それからカージョが狙われた。マックス・マンセルも何らかの理由で存在を知られて殺されたんだと思う。」

 彼は一気に喋って口を閉じた。ロホは向かいのベッドに座って彼を見ていた。テオの話が終わると、彼は少し考え、質問した。

「一連の事件の犯人が同一人物だと仮定して、そいつは”シエロ”ですか、”ティエラ”ですか?」
「それが問題だ。殺害の手口は”ティエラ”としか思えない。だけど、”シエロ”の殺し屋が”ティエラ”の犯行と見せかけていたとしたら?」
「犯人が”シエロ”なら、川を死で汚さないと思いますが・・・」

 ロホは目を閉じてまた考えた。テオはふと思いついて、グラダ・シティのケツァル少佐にメールを打った。

ーーレンドイロの行方の手がかりはあったかい?

 ロホが目を開いた。

「取り敢えず、カージョと記者の遣り取りを覗いていた人々を特定しましょう。犯人はその中にいると思います。」

 テオも同意した。

「ネットの管理者にユーザーの特定をさせることは出来るのかな?」
「貴方はカージョをどうやって見つけたのです?」
「彼の場合はハンドルがわかっていたから、バルデスに頼んで彼の会社で調べてもらった。」
「では、またバルデスに頼みましょう。」

 ロホはオルガ・グランデの裏社会の帝王とも言える鉱山会社の経営者に対して強気だ。バルデスが前の経営者ミカエル・アンゲルスをネズミの神像で呪殺したことを知っているし、その神像の怒りを鎮めて然るべき処置を行ってバルデスと会社を救ってやったのもロホとケツァル少佐だ。
 テオが苦笑すると、携帯にメールが着信した。少佐からだった。

ーーなし。

 簡潔に明解に。


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