2022/04/07

第6部  赤い川     4

  オルガ・グランデへ出かけて来ると言ったら、ゴンザレス署長は遺伝子の研究の為だろうと思った。テオは本当のことを言うと止められると予想したので、ちょっと嘘をついたことを後ろめたく感じた。ケツァル少佐には、オルガ・グランデへ向かうバスの中からメールした。

ーーレンドイロとS N Sでやり取りをしていたベンハミン・カージョに会いに行く。

 少佐から返事はなかった。ないと言うことは、怒ったな、と彼女の性格を理解しつつあったテオは予想した。彼女は彼が一人で危険な場所へ行くことを好まない。グラダ・シティでも夜間の一人歩きを許してくれないのだ。しかしテオも男性としてプライドがある。何時までも子供扱いして欲しくない。”ティエラ”だってセルバ人だ。一人で行動出来る。
 バスがオルガ・グランデに到着したのは夕方だった。取り敢えず、今日は宿を見つけて休もう、と彼はバスから降りて歩き出した。歩き出してすぐに尾行に気がついた。バス停で数人の男達が固まって話をしていたのがチラリと見えたのだが、その中の一人が仲間から離れてついて来るのだ。テオはバックパッカーではないし、ビジネスマンの様な格好もしていない。荷物は小さなリュックサック一つ切りで、次の日にはエル・ティティに帰るつもりだから、荷物らしい物は持っていなかった。男は一定の距離を空けてついて来る。あまり気持ちの良いものではない。
 リオ・ブランカ通りのセラードホテルに行った。記憶を失って、初めてオルガ・グランデに来た時に泊まったホテルだ。ケツァル少佐が指定した宿だった。彼がホテルの入り口に立つと、尾行者が立ち止まった。テオは彼を見ないように心掛けながら、中に入った。
 フロント係は以前とは別の人間だった。幸い部屋が空いていて、テオはシングルを取ることが出来た。着替えしか入っていないリュックサックをベッドの下に置いて、彼は食事に出掛けた。尾行者はホテルの外で待っていた。テオが歩くと再び尾行を始めたので、盗賊ではなさそうだな、とテオは思った。
 手頃なバルを見つけ、そこで食事をした。ベンハミン・カージョが住んでいると思われる住所を訊くと、市内を走る路線バスで15分程の場所だと教えてもらえた。
 店を出ると、まだ尾行者はいた。テオはなんとなく相手の正体と言うか、役目に見当がついたので、そいつのそばへ歩いて行った。尾行者がびっくりして、狼狽するのがわかった。

「アンゲルス鉱石の人ですか?」

 テオが尋ねると、男は渋々頷いた。バルデスが妙に気を回して護衛をつけてくれていたのだ。だからテオは言った。

「今夜はホテルから出ません。だから、もう帰ってもらって良いです。明日はクーリア地区へ行きます。多分、バルデス社長は承知されているでしょう。余計なことはしません。お気遣い感謝しています、と社長に伝えてください。」

 そしてくるりと向きを変え、ホテルに向かって歩き出した。歩きながら、軍属のリコを呼んでも良かったな、と思った。

0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...