2022/04/17

第6部  赤い川     20

  セルバ人は噂話を流すことをタブーとしている。しかしそれは表向きで、裏では情報が拡散されるスピードが非常に早い。インターネットが普及するより早い時代から、中南米の先住民は情報伝達システムを発達させていた。インカ帝国は伝令システムを国家が整えていたそうだが、セルバでは”心話”と言う神の力がものを言った。能力を持たない”ヴェルデ・ティエラ”でさえ、緊急の要件を遠方に伝えたい時は、村に一人はいる祈祷師に頼んで”ヴェルデ・シエロ”に伝言してもらうのだ。
 アンゲルス鉱石社では緊急重役会議が開かれ、バルデス社長がレグレシオンの活動に関する情報がある、と一言発言した。内容はない。ただ、彼は文字通りそう言っただけだ。しかし重役達はすぐに社長が何を望んでいるか理解した。社長の希望は彼等の希望でもあった。会社に害を与える可能性があるものは即刻排除せよ。そう言うことだ。彼等は直ちに直接の配下に命令を下した。
 憲兵隊オルガ・グランデ基地では、指揮官がグラダ・シティの本部へ連絡を入れた。内容は暗号化されていたが、テロリストの活動が活発化してきたことへの警戒を促すものだった。連絡を終えると、指揮官は幹部クラスの部下を集め、捜査会議を開いた。
 オルガ・グランデからの情報を解読したグラダ・シティの憲兵隊本部は直ちにテロ対策班を招集した。これまで内偵を続けてきた不穏分子の現段階での状況を分析し、オルガ・グランデからの情報の信憑性が高いことを確信するに至った。彼等が捜査に入ったのは言うまでもない。
 そして憲兵隊の動きは瞬時に大統領警護隊にも伝えられた。司令部はテロリズムと言う国民に与える危機を憂慮し、遊撃班に情報収集と対処を命じた。本当に公共施設を崩壊させて国民を殺傷する計画があるのか、あるとすればどの場所なのか。
 この動きを”砂の民”が知らぬ筈もなく、闇の狩人達は首領からの指示を待つことなく標的を求めて動き出した。

 夕方、シエスタから目覚めたロホは、ケツァル少佐から電話をもらった。テオは彼が母語で喋るのをぼんやり聞いていた。ベンハミン・カージョをどうすれば保護出来るかとそればかり考えていたので、通話を終えたロホが「グラダ・シティに帰ります」と言った時は驚いた。

「レンドイロの行方はまだわかっていない。カージョも守らないと・・・」
「それは貴方の役目ではありませんよ、テオ。」

 ロホは軍人だ。命令を受けると心の切り替えが早い。

「貴方はエル・ティティのゴンザレス署長の所に帰って下さい。私はそこまで貴方を護衛します。」
「それじゃ、アスクラカンへ行く。」
「レンドイロ記者を探す目的で行くのは駄目です。」
「どうしてだ?」
「警察が捜しても見つからなかったんです。貴方一人で動いても無駄です。」

 はっきり無駄だと言われてしまった。テオは腹が立ったが、言い返せなかった。

「せめてカージョの保護を誰かに頼みたい。」
「その本人が保護を拒否して隠れているのです。彼が希望しない限り、憲兵隊も警察も動きません。」
「彼はオエステ・ブーカ族じゃないのか? 一族の人は彼を守らないのか?」
「それも心許ないです。彼は一族から離れています。S N Sの投稿内容を見ても、一族に歓迎される文章ではありません。寧ろ一族に近づく方が彼にとって危険ですよ。」

 ロホの言葉は冷たく聞こえたが、冷静に考えればそれが当然なのだ。”ヴェルデ・シエロ”は長い時の流れの中で血を絶やさぬために、一族の中の不穏分子を自分達で排除してきた。大きな超能力を持ちながらも、圧倒的多数の”ティエラ”に存在を知られることを何よりも恐れてきた民族なのだ。ベンハミン・カージョは、一族にとってベアトリス・レンドイロより危険で厄介な人物に違いない。ロホは、そんな人物にテオが親切心で近づいて巻き添えになることを心配してくれているのだった。
 テオは溜め息をついた。

「わかった。明日1番のバスでエル・ティティに帰る。だけど、俺がアスクラカンに買い物に出掛けることは止めないでくれよ。」




 

0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     20

  間も無く救急隊員が3名階段を昇ってきた。1人は医療キットを持ち、2人は折り畳みストレッチャーを運んでいた。医療キットを持つ隊員が倒れているディエゴ・トーレスを見た。 「貧血ですか?」 「そう見えますか?」 「失血が多くて出血性ショックを起こしている様に見えます。」 「彼は怪我...