2022/04/15

第6部  赤い川     19

  テオはベンハミン・カージョに憲兵隊の保護を受けることを勧めたが、占い師は拒否した。仕方なくテオは連絡先を書いた名刺を彼に渡し、ロホと共に陸軍基地に戻った。ロホが憲兵隊基地へ向かうと言うので、テオも同行した。ロホは殺人事件の担当者ではなく、憲兵隊オルガ・グランデ基地の指揮官に面会し、反政府組織レグレシオンが2件の殺人事件に関与している疑いがあると告げた。反政府組織は憲兵隊にとって天敵の様な存在だ。レグレシオンの名を知らない憲兵隊員はいなかった。
 古代遺跡の構造から7本の柱を破壊するだけで大きな公共の建造物を崩壊させることが出来ると言う説を唱えた占い師と、そのS N S上の友人である雑誌記者がレグレシオンに目をつけられたらしいこと、古代の遺跡は核爆弾で破壊されたと主張していたアメリカ人が殺害されたこと、等をロホとテオは憲兵隊指揮官に説明した。

「もし真犯人が本当にレグレシオンなら、何処かの公共施設でテロを起こす可能性を考えなければならない。」

とテオが意見を述べると、指揮官も固い表情で頷いた。

「近頃街で若い連中が度々集会を開いていると情報が入っています。学校へ行かず、仕事もしない、普段どうやって食っているのかわからない連中です。監視をつけていますが、集まるメンバーが毎回違う顔なので、当方も困惑しているところでした。レグレシオンは明確なリーダーを持たない組織で、その時々の活動でリーダーが決められ、交替します。グラダ・シティに本拠地があると言われていますが、オルガ・グランデでも動きが見られるようになりました。監視体制を強化し、警戒を厳しくします。」

 ロホは頷き、大統領警護隊が訪問先の軍隊の指揮官にする挨拶の言葉を唱えた。

「貴官と貴官の軍にママコナのご加護がありますように。」

 憲兵隊の指揮官が敬礼した。
 憲兵隊基地から陸軍基地は車で10秒程の距離だが、陸軍基地は広いので、宿舎としている兵舎に戻るには2分ほどかかった。
 車を車両部に返し、テオとロホは遅めの昼食を取り、シエスタに入った。ベンハミン・カージョを逃すまいと広範囲の結界を張ったので疲れたのだろう、ロホはベッドに横になるとすぐに眠ってしまった。もしかすると、地下のカージョの隠れ家にいた時も結界を張っていたのかも知れない。テオは彼の隣のベッドで無防備に眠るロホを愛しい弟の様な気分で眺めた。陸軍基地の中だから安心しているのではなく、隣にいるのがテオだから、熟睡出来るのだ。
 電話が鳴ったので、急いで部屋の外に出た。ロホを起こしたくなかった。電話をかけて来たのは、アントニオ・バルデスだった。ベンハミン・カージョとベアトリス・レンドイロのS N S上での遣り取りを覗いていた人間、つまり2人のどちらかのページにアクセスした人物の特定が出来たのだ。アンゲルス鉱石社は、かなり優秀なI T技術者を抱えている様だ。テオはバルデスが順番に挙げる6人の氏名とアドレスを書き取った。そしてバルデスが「もう用件はないですか?」と尋ねた時、レグレシオンを知っているかと訊いた。反応があった。

ーー反政府組織ですな。反逆者ですよ。
「昨日起きた2件の殺人事件に関与している可能性がある。」
ーー2件の殺人?

 バルデスは少し考え、思い当たることがあった様子で、ああ、と声を出した。

ーーどちらも連中がやったと、ドクトルはお考えで?
「まだ断定出来ていないがね。」
ーーあまり深入りしないことですな。

と言ったすぐ後で、オルガ・グランデ政財界の実力者は携帯ではなく、遠くへ視線を向けて呟いた。

ーーこの街で我が物顔に振る舞って無事に済むと思うなよ・・・
「セニョール・バルデス!」

 テオは相手が何を考えているのかわかったので、つい叱責するような声を出してしまった。バルデスは薄笑いを浮かべ、「さようなら」と言って通話を終えた。
 テオは怒れる虎の前に狂犬を放った気分になった。バルデスは善人ではないが、愛国者だ。彼なりのルールを持っているが、社会の秩序を乱す者を憎む。テロリストは彼の会社の様に大きな企業も狙うだろう。だからバルデスにとって、レグレシオンは排除すべき相手だった。


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