2022/04/18

第6部  虹の波      2

  アスクラカンへ行く足は、アントニオ・ゴンザレスに相談すると直ぐに解決した。朝野菜や果物をアスクラカンへ卸に行く農家にトラックに乗せてくれるよう頼んでくれたのだ。グラダ・シティよりエル・ティティの方が近いので、早朝に出発すれば日が昇り切った頃にアスクラカンに到着した。テオは養父が町中に顔が利く警察署長であることを誇りに思った。
 ドロテオ・タムードの家は初めてだったが、すぐに見つかった。富豪サンシエラの家系の支流だから、町の名士だ。タムードの名を出せば道行く人誰もが同じ方向を指差して教えてくれた。ハイウェイから横道に入り半時間走った所にあった。民家と畑が混在する平たい土地の中に建てられた大きめの家だった。大地主と言うより何処かの会社の重役と言った感じだ。農家のトラックはその門の前でテオを下ろすと、帰りの便の心配もせずに走り去った。テオも何時帰れるのか不明なので、それ以上農家の厚意に甘えられなかった。タムード家も農家だ。広い庭の端に大きなトラクターが格納された小屋が2棟も建っていた。
 門衛はおらず、門が開放されたままなのでテオが入って行くと、玄関からケツァル少佐が出て来た。半時間前にバスが着いたのだ。バスで来たから私服かと思えば、意外にも彼女は迷彩服を着用していた。しかもアサルトライフル迄持っていた。彼女はテオを見ると、挨拶もせずに、「その服装は駄目です」と言い、後ろを振り返った。彼女の後ろから出て来た軍人を見て、テオは驚き半分喜び半分で叫んだ。

「エミリオ! 久しぶりだな!」

 大統領警護隊遊撃班所属エミリオ・デルガド少尉が敬礼で挨拶に替えた。彼も迷彩服で武装していた。テオに手招きして、タムード家の屋内を指差した。

「中で着替えて下さい。これから森へ行きます。」

 軍服ではなかったが、迷彩柄のズボンとカーキ色の長袖シャツを着せられた。靴は野外用ブーツだ。タムード家は農地での作業で雇う作業員の為の着替えや備品をたくさん持っていたので、サイズもすぐに合うものが見つかった。脱いだ私服はテオ自身のリュックに入れた。靴は置いていかねばならなかった。
 何処へ何をしに行くのか説明がないまま、テオと2人の大統領警護隊隊員はタムードの息子が運転する車で耕地の外れまで送られた。主人のタムードにまだ会っていないな、とテオが思っている間に、メスティーソの息子は少佐に挨拶して車をUターンさせ、戻って行った。
 テオは周囲を見回した。果樹園だ。まだ若いマンゴーの実が目についた。完熟した実は朝早く収穫されてしまったようだ。果樹園の南側は森が広がっていた。野生動物避けのフェンスがあるが、フェンスと果樹の間は距離が開けてあり、車で通れる様になっている。フェンスと森の間も空間を設けてある。動物がフェンスに万が一挟まってもすぐに発見出来るようにしてあるのだ。監視カメラもあったが、それは人間用だろう。作動しているのかどうか、テオはわからなかったので、カメラの視界に入ったと思われる箇所で手を振って見た。彼が移動するとカメラが同じ方向に向いたので、作動しているとわかった。タムード家は果樹園の警備にお金を掛けられる農家なのだ。
 彼はケツァル少佐に尋ねた。

「これから何処へ行くんだ? レンドイロの行方について、何か手掛かりでも掴んだのか?」

 少佐がデルガド少尉を振り返った。ほっそりした長身の若者が説明した。

「例の雑誌記者がバスを降りた後、子供と接触したことがわかりました。」
「子供?」
「スィ。目撃者の証言では、10歳程度の男の子がバスターミナルの女性トイレの近くで彼女に話しかけ、雑誌を彼女に見せたそうです。そして彼女は子供に導かれてバスターミナルを離れました。」

 テオは少佐を見たが、少佐からは何の解説もなかった。デルガドは続けた。

「憲兵隊に所属する一族の者が地道に捜査を続けた結果、記者に話しかけた子供を発見することが出来ました。それが5日前のことです。」

 ベアトリス・レンドイロが行方不明になってやっと25日後に手掛かりが出て来た。

「子供はテレビで捜索願いが出されていた女性の事件と、彼が話しかけた女性を結びつけて考えていませんでした。ニュースに興味がなかったのでしょう。憲兵に質問されて、親に宥めすかされて、やっと見知らぬ男から記者を呼び出してくれと頼まれたと告白しました。お礼はキャンデー1袋だったそうです。」
「その見知らぬ男はレンドイロがアスクラカンに来ることを知っていた様だな。」
「そうですね。もしかするとグラダ・シティから尾行していたのかも知れません。同じバスに乗って。」
「レンドイロは子供と一緒に何処へ行ったんだ?」

 すると初めてケツァル少佐が言った。

「ここです。」
「はぁ?」

 テオは周辺を見回した。ただの果樹園だ。少佐がデルガドの説明の後を継いだ。

「子供は男に頼まれて、レンドイロが以前書いた写真入りの記事が載った雑誌を彼女に見せたのです。そして、『7つの柱の跡がある場所を知っている』と彼女に言いました。男にそう伝えろと言われたからです。」
「それでレンドイロはノコノコついて行ったのか?」
「朝で明るかったし、ここは集落から遠くありません。それに子供がお駄賃をくれるなら案内すると、自然なもの言いをしたので、彼女は怪しまなかったのでしょう。」

 デルガドが監視カメラを指差した。

「あのカメラは2日おきに記録が上書きされてしまい、彼女の姿を残すことがなかったのです。でも彼女は知らなかった。彼女がここでカメラに手を振った、と子供は覚えていました。きっと彼女は記録されていると信じてしまったのでしょう。」
「ここで彼女はどうなったんだ?」
「子供はここで彼女を、子供を雇った男に引き合わせました。そして子供は帰りました。」
「子供は彼女と男が争ったりするところは見ていないんだな?」
「見ていないそうです。」

 テオが何か言う前に、ケツァル少佐が森を指差した。

「この奥に、古い遺跡があります。」
「え? 遺跡は実在するのか?」
「スィ。”ヴェルデ・シエロ”の遺跡です。未調査ですが、ムリリョ博士の遺跡地図には記載されています。」
「彼女は男とそこへ行ったのか?」

 テオは森を見つめた。暗い密林と言うイメージはなく、背が低い樹木が密に生えている、そんな森だった。



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