2022/04/19

第6部  虹の波      4

 5分程だったが、テオには10分かかった様に感じられた。彼は息を潜めて森の中で動かずに立っていた。やがて不意に後ろでデルガド少尉が息を吐く気配がして、現実が戻って来た。デルガドが囁いた。

「少佐に呼ばれました。行きましょう。」

 ”感応”で呼ばれたのだ。こんな場合はすぐ反応しなければ、呼んだ方が心配する。テオは少佐が姿を消した薮に向かって歩き出した。顔の高さまで葉が茂る植物をかき分け、いきなり開けた場所に出た。
 崩れた石造物が森の中に横たわっていた。苔生してシダなども蔓延っていたが、建物らしき物が昔そこにあったのだろうと推測される地形だった。ケツァル少佐が少し高い岩の上に立っていた。岩ではなく、崩れて残った壁の一部だろう。草の蔓が側面を覆っていた。

「名も無い遺跡です。」

と彼女が言った。銃先で地面を指した。

「大きな柱の跡が7箇所、後は小さいですが、やはり柱の跡です。」

 テオとデルガドは見回した。言われなければ遺跡だと思わない。岩が多いから大きな植物が育たなかった、と思うだけだろう。

「神殿跡か?」
「恐らく。でも住民はもう少し離れた場所に住んでいたのでしょう。そこは既に森に飲み込まれて発見出来ないと思います。」

 デルガド少尉が両手を胸の前で組み、祖先への挨拶をしてから遺跡の中に足を踏み入れたので、テオも真似た。 足元は平坦に見えて、実際は崩壊した石が散乱しており、不安定だった。うっかりすると浮き石を踏んで転倒しかねない。砂漠の遺跡の方が歩き易い、と彼は思った。
 少佐と少尉は人が最近この遺跡を訪れた形跡がないか探していた。レンドイロが姿を消したのは1ヶ月前だ。あれから毎日スコールが降っている。前日に来ていても跡が残ることは稀だろう。テオは石材の残骸の上を歩くのが少し不安に思えたので、神殿跡と思われる場所から少し離れてみた。”ヴェルデ・シエロ”達から離れると、彼等の気の放出範囲から出てしまうので蛇や毒虫に対する警戒が必要になるが、少なくとも声が届く距離にいる限り、少佐は怒らない。彼は草木の中を用心深く歩いて行った。
 いきなり薮の中に石組の小屋の様な物を見つけた。ジャングルでなければ暖炉かな?と思えるようなアーチ型の窪みが作られた人工物で、しかも床に穴が口を開いていた。雨水が入らないように周囲が高くなっており、口の大きさは人間が楽に入れる程だ。テオは穴を覗き込んだ。石で壁が造られている。遺跡の一部なのか。彼は携帯を出して、中を照らしてみた。
そして石壁に鉄の棒が挿してあるのを発見した。ほぼ等間隔で互い違いに2列、下へ降っている。古代中南米に製鉄技術はなかったので、これは近代の物だ。そして穴の底に降りる目的で壁に打ち込まれた梯子代わりの物だ。
 テオは「小屋」から出て、ケツァル少佐を呼んだ。返事はなかったが、彼女自身が2分後には姿を現した。少し遅れてデルガドもやって来た。テオは「小屋」の床にある穴を指差した。

「穴の壁に鉄の棒を挿して梯子が作られている。近代の物だと思う。君達の祖先が製鉄技術を持っていたなら、話は別だが。」
「古代に製鉄技術があったとしても、この時代まで鉄がそのまま残っているとは思えません。」

 少佐は穴を覗き込み、テオの梯子説を認めた。

「上から見る限り、下に横穴がある様です。」

 彼女はデルガド少尉に命令した。

「ここで見張っていなさい。テオと私で降りてみます。1時間経っても戻らなければ、本部に連絡を入れること。」
「承知しました。」

 デルガドが敬礼した。テオが「気をつけろよ」と気遣うと、彼は微笑んで頷いた。

「貴方こそ注意して下さい。決して少佐から離れない様に。」


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