2022/04/02

第6部 七柱    24

  取調室として使われている窓がない小部屋にケツァル少佐とテオが入ると、リカルド・モンタルボ教授が、弱々しい笑を浮かべて椅子から立ち上がった。

「グラシャス! 来ていただけて、感謝します。」

 無精髭に目の下の隈、憔悴していた。着ている物はよれよれのTシャツで、ホテルで休んでいる時に事件発生で起こされ、憲兵隊に引っ張られて来たのだ、と立ったまま早口で事情を説明した。連行された理由がわからない、と捲し立てた直後に、彼は急に声のトーンを落とした。

「しかし、アンダーソンとロイドと言う男が争った原因はわかります。」

 彼は憲兵隊長をチラリと見た。少佐はカバン大尉に妙な勘ぐりをされたくなかったので、教授に言った。

「どうぞ、話して下さい。」

 モンタルボ教授は少し躊躇ってから、囁くように言った。

「彼等は、”ヴェルデ・シエロ”の遺跡を探していたんです。」

 1分間、沈黙があった。テオはカバン大尉が顔を強張らせるのを感じた。”ヴェルデ・シエロ”の話を大っぴらにすることは、セルバ人にとってタブーだ。しかも、部屋の中に”ヴェルデ・シエロ”と話が出来ると信じられている大統領警護隊の少佐がいる。憲兵は「神罰」を心配したのだ。
 少佐はそれまで立っていたのだが、モンタルボ教授の向かいの椅子を引いて、そこに腰を下ろした。そして手でモンタルボに座れと合図した。教授が座ったが、テオは椅子がないので立ったままだ。カバン大尉も立ったままで、テオに椅子を運んで来る気はなさそうだった。

「アンダーソンとロイドは海の底に沈んでいる遺跡が”ヴェルデ・シエロ”のものだと考えているのですか?」
「正確に言えば、”ヴェルデ・シエロ”の遺跡の上に後世の人間が町を建設し、海に沈んだと考えている様です。”ヴェルデ・シエロ”の遺跡と正式に認められている建造物は、グラダ・シティの”曙のピラミッド”だけです。ああ、オルガ・グランデの地下深くにある”太陽神殿”(”暗がりの神殿”のこと)も”ヴェルデ・シエロ”の建造物だと考えられていますが、ピラミッドは宗教上の理由で現在も発掘研究を許可されていませんし、”太陽神殿”は鉱山会社の所有で一般人の立ち入りを許可してくれません。」
「落盤が多く、危険なので立ち入り禁止区域なのです。」

 テオはつい口を挟んだ。少佐は怒らなかった。モンタルボに続けてと表情で促した。

「もし海の底の遺跡が”ヴェルデ・シエロ”のものだったら、世紀の大発見です。中南米で最も古い遺跡と言うことになりますから。アンダーソンとロイドは、その歴史的な発見の当事者になりたいが為に、私の発掘調査の撮影をしたがっていたのです。」
「どっちが一番乗りをするかで、昨晩喧嘩したと言う訳ですか?」
「それもありますが、そもそも海の底に”ヴェルデ・シエロ”の遺跡があると言う情報が何処から出て来たのか、彼等はネタ素を明かせと口論したのです。私はカラコルの町の実在を証明出来る発掘を目的としており、その遺跡の地下にあるかも知れない幻の”ヴェルデ・シエロ”の遺跡は・・・勿論、見つけられればもっけモンですが、今はそんな余裕も技術もありません。珊瑚礁を傷つけてはならないと言う法律を守ると言う前提で、発掘許可を頂いているので、海底を掘るつもりなど毛頭ありません。私はアンダーソンとロイドにそう伝えて、自分の部屋に戻りました。彼等が刃傷沙汰になったなんて、私の知ったこっちゃないですよ!」

 モンタルボ教授はすがる様な目付きでケツァル少佐とテオを見比べた。少佐は彼に”操心”をかけていない。教授は全く彼自身の言葉で喋ったのだ。彼は白人だがセルバ人だ。この国独特のルールを熟知していた。古代の神様の遺跡と疑われる遺跡を発掘すること自体は禁止されていない。しかしその研究が売名行為や商業目的で使用されることは、この国の倫理観に反くことになる。ましてや、研究に直接関わっていない、考古学者でもない外国人が、名声や金銭目的で遺跡に手を付け、争って流血沙汰になるなど、神への冒涜以外何者でもない。モンタルボ教授は、昨晩の傷害事件に己は一切関わっていないのだと主張した。
 ケツァル少佐が憲兵を振り返った。

「モンタルボ教授を釈放して下さい。この人は昨晩の事件と無関係です。アンダーソンと雇用契約を結んでいましたが、アンダーソンとロイドの争いに関わっていません。」

 カバン大尉が敬礼して承諾を伝えた。少佐はもう一つ要請した。

「貴官達が拘束したアイヴァン・ロイドなる人物と面会させて下さい。」
「承知しました。準備が整う迄、あちらで休憩なさって下さい。」

 カバン大尉はモンタルボ教授にも言った。

「釈放です。どうぞ、お帰り下さい。」


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