2022/04/02

第6部 七柱    25

  通された部屋は、駐屯地の指揮官より上位の将官が訪問する時に使用する迎賓室だった。エアコンが快適な温度の空気を吐き出し、座り心地の良いソファと憲兵隊の歴史を語る写真や勲章などを飾る棚が設置されていた。まさかそんな場所に傷害事件の容疑者が連行されて来る訳でなく、出されたコーヒーを飲んで20分程休憩した後で、再び先ほどの取調室に案内された。
 アイヴァン・ロイドは、以前テオが出会った時よりくたびれて見えた。チャールズ・アンダーソンと口論し、取っ組み合いになり、ナイフで刺した後、逃亡を図ってホテルの客達に取り押さえられたのだ。髪がぐしゃぐしゃで、顔に青痣ができており、服は汚れたのか白いダブダブの囚人用の上下を着せられていた。彼はテオの顔を覚えていた。テオとケツァル少佐が入室すると、顔を向けて、不思議そうな表情をした。

「貴方は確か、グラダ大学で・・・」
「スィ、お会いしました。生物学部のドクトル・アルストです。」

 テオは少佐より先に自己紹介した。そして少佐に言った。

「ンゲマ准教授を訪問して大学に来たセニョール・ロイドだ。」

 少佐が冷ややかにロイドを見た。テオは彼女をロイドに紹介した。

「大統領警護隊のミゲール少佐です。」

 ロイドが溜め息をついた。念願の大統領警護隊に会えたのに、彼は罪人として囚われの身だった。少佐が質問した。

「貴方とアンダーソンの間で何があったのですか?」

 ロイドは無言のまま少佐を見て、テオを見て、カバン大尉に視線を移した。そして大尉に尋ねた。

「この女性が大統領警護隊の少佐なのですか?」

 少佐が私服姿なので疑っているのだ。大尉が頷いて言った。

「素直に答えないと、少佐は直ぐに本部へ帰られる。お前の取り調べは我々で十分だからな。」

 ロイドは再び少佐に視線を戻した。

「私は古代の幻の民族が実在した証明を探しているのです。セルバの方ならご存じですね? ”ヴェルデ・シエロ”と呼ばれた、頭に翼を持った神様です。」

 テオはもう少しで笑いそうになった。頭に生えた翼は、古代の”ヴェルデ・ティエラ”、つまり普通の人々が、神と崇めた”ヴェルデ・シエロ”の超能力を絵画で表現する為に描いたものだ。”ヴェルデ・シエロ”のケツァル少佐が「そんな人間がいたら化け物だ」と感想を述べた形状の絵だった。
 ケツァル少佐は真面目な顔で言った。

「遺跡の壁画で見たことがあります。それが傷害事件を起こす原因になるのですか?」
「幻の民族の遺跡を発見出来たら、世界中の考古学者の注目を浴びます。私の動画も売れる・・・。」
「ですから、それが何故他人を刺す理由になるのです?」
「アンビシャス・カンパニーは・・・」

 ロイドが手錠を嵌められた両手をグッと握り締めた。

「私が乗る予定だった航空機の座席を、ハッキングでキャンセルしたり、情報源の人に高額の謝礼を与えて私に嘘の情報を流させていたんです。私の妨害ばかりしていました。昨夜、私がモンタルボに近づこうとしたら、用心棒を使って力づくでホテルから追い出そうとしました。私に向かって、神に近づく値打ちもない男、などと侮辱したのです。」

 少佐は冷めた目で彼を眺め、くるりと背を向けた。

「帰りましょう、ドクトル。」
「待ってくれ!」

 ロイドが叫んだ。

「私はアンダーソンを殺すつもりはなかった。ただ謝らせたかっただけだ!」
「我が大統領警護隊には関係ない私闘です。」

 少佐はカバン大尉に声をかけた。

「お手数をおかけしました。憲兵隊の領分に口を出すつもりはありません。」

 彼女とカバン大尉は敬礼を交わし、少佐が部屋から出たので、テオも急いで追いかけた。足早に建物から出て、車に戻ると、少佐が言った。

「傷害を起こした理由がはっきりしません。誰がカラコルの遺跡の下に”ヴェルデ・シエロ”の遺跡があると、ロイドやアンダーソンに喋ったのでしょう?」
「誰が、と言う明解な回答はないのかも知れないぞ。」

とテオは呟いた。

「連中は言い伝えを聞いて、儲け話に繋がると思ったんだ。」



 

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