2022/04/24

第6部  虹の波      11

 レストランはテオも教授会のパーティで利用したことがある高級フランス料理店フラウ・ルージュだった。正装しないと入れないドレスコードのある店だが、テオも大統領警護隊の友人達も普段着だった。しかしロホがレセプションで「ミゲール少佐と彼女の連れ」と名乗ると、丁寧な物腰で案内された。恐らく”幻視”で正装している様に店内の人間達には見えているのだろう。案内されたのは奥の個室だった。V I Pルームだ。そこにアブラーン・シメネス・デ・ムリリョと妹のカサンドラ・シメネス・デ・ムリリョがいた。2人のシメネス・デ・ムリリョは招待客が入室すると立ち上がって迎えた。

「呼び立ててしまい、申し訳ありませんでした。」

とカサンドラが挨拶した。ケツァル少佐がそれに対して、

「こちらからお訊きしたいこともありましたので、お招きに喜んで応じさせて頂きました。」

と返した。アブラーンが一同に着席を促した。

「先ず食事をしましょう。それから話をお聞き下さい。」

 料理が運ばれて来た。アスルがちょっと冷めた目でそれを眺めた。テオが尋ねた。

「フランス料理は馴染めないのか?」
「そうではない。カーラが同じ物を作ってくれたことがある。彼女の方が美味かった。」

 それはシェフの腕と言うより、舌に馴染んだ味付けになっていたのだろう、とテオは思ったが口に出さなかった。流石にこのお高く留まった店では、アスルも厨房を覗くことをしなかった。同じ物を作る気にもならないのだろう。テオも作って欲しいと思わなかった。高級フレンチは高級な店で食べるに限る。自宅で作ってもらうなら、セルバ料理で十分幸せ感を味わえる。焼きそばでも構わない。
 カサンドラが少佐に、養父のフェルナンド・フアン・ミゲール大使はサンシエラ財団の後継争いに無関係なのか、と尋ねた。テオはサスコシ系の富豪家族に3人の後継者候補がいることをニュースで聞いたことがあった。少佐は笑って、フェルナンドは支流の息子なので財団の経営から遠い位置にいます、と答えた。駐米大使として政治活動はしているが、財団の当主が誰になろうとセルバ共和国政府の対北米外交に変化がなければ、フェルナンドはこれまで通りのままです、と。 カサンドラは頷いた。跡目相続に巻き込まれなければ大使の外交に影響が出ない、と言うことはムリリョ家にとっても有り難い、北米に進出を考えている子会社の援助をしやすくなる、と言った。
 妹が熱心に仕事の話をするので、ロホとアスルを相手にサッカーの話をしていたアブラーンが注意した。

「食事中に政治や商売の話は良くない、カサンドラ。」
「スポーツの話も良くありませんわ、アブラーン。」

 兄妹で互いを注意し合ったので、客達は苦笑した。どちらも「良くない」話に付き合ってしまったのだから。
 食事が終わり、コーヒーと食後酒を楽しむ時間になって、やっとアブラーンが、「さて」と始めた。

「我等が祖先の遺跡を見て、テロリズムに利用出来ると考えた馬鹿どもを摘発するきっかけを作って頂いた大統領警護隊とドクトル・アルストに感謝します。」

 礼儀として大統領警護隊の隊員達が軽く頭を下げたので、テオも真似た。アブラーンは客達を見回し、何から話すべきだったかな、と呟いた。カサンドラが苦笑した。

「予習したんじゃなかったんですか、アブラーン。」



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