2022/04/24

第6部  虹の波      12

 「我が一族の当主のみに伝えられる建築工法の秘密について、”ティエラ”達が興味を抱き始めたのは、この一年程のことです。」

とアブラーン・シメネス・デ・ムリリョは始めた。

「当初は考古学関係の連中が最も古い神殿のいくつかに、他より太い柱の跡が必ず7つあると言う事実に気が付きました。彼等はその7つの柱がある神殿こそ”ヴェルデ・シエロ”が建設したもので、伝説の神々の痕跡だと学会で論じ合った様です。我等が長老会は、この件に関しては放置していました。古代の建築が研究されたからと言って、現代に生きる我々の存在が世間に知られる恐れはないと考えられたからです。
 ところが、考古学会で報告されたその研究が外国でも物好き達の注目を集めた様です。文化保護担当部の皆さんがご存じの様に、アメリカ合衆国からおかしな方向に考えを発展させた連中がやって来て、カラコル遺跡の撮影やら、古代の核爆弾探しやら、奇妙な競争を始めました。彼等はサン・レオカディオ大学の考古学教授リカルド・モンタルボがカラコル水中遺跡の発掘許可を申請したと知ると、それに便乗して海に潜ろうとしました。私は遺跡がどの程度露出しているのか知りたく思い、モンタルボ教授の資料を盗ませましたが、それは杞憂で、文化保護担当部に余計な仕事を作らせてしまい申し訳なく思っています。」

 ケツァル少佐が肩をすくめた。

「偶には出張も気晴らしで良かったですよ。」

 カサンドラ・シメネスが苦笑とも受け取れる微笑を浮かべた。アブラーンは軽く頭を下げ、話を続けた。

「厄介なのは、外国人ではなく、セルバ国民です。殆どの国民は考古学にあまり興味を抱かず、祟りを恐れて遺跡に近づきません。敢えて立ち入るのは盗掘者か、祈祷を行う者です。しかし、オルガ・グランデに住む占い師ベンハミン・カージョがインターネットで余計な投稿をしました。オエステ・ブーカ族の末裔で、”心話”と夜目程度の能力しか持たない男ですが、先祖から伝わるカラコル崩壊の物語を知っていた様です。彼は、”シエロ”の遺跡の共通項は7つの太い柱の跡であると書き、それに考古学の記事を書いていた雑誌記者ベアトリス・レンドイロが食いつきました。2人はネット上で遺跡の形状に関して多くの意見を交換し合い、七柱の跡がある神殿は全て崩壊していること、七柱跡がない神殿は柱が残っていることもあるのに、”シエロ”のものと思われる遺跡は全て崩壊している謎について考えを述べ合ったのです。我々は彼等がどんな結論を導きだそうが構わなかったのですが、興味がない訳ではなかったので、見ていました。」

 テオはアンゲルス鉱石のアントニオ・バルデスに頼んで調べてもらったカージョとレンドイロのフォロワーを思い出してみた。バルデスの会社のI T分析者が見つけたフォロワー6人のうち、レグレシオンと思われる人間が3人いた。残りは普通の市民だったと言うことだが、ロカ・エテルナ社の社員が含まれるのだろう。その社員もきっと”ヴェルデ・シエロ”だ。

「レンドイロがカージョと実際に会って意見交換しようと言う約束を交わした時、私は部下に彼女を尾行するよう指示を出しました。彼女を見張ると言うことではなく、カージョと言う人物を特定したかったからです。雑誌記者と違って、彼は一族の末裔です。何をどこまで知っているのか、確認したかった。ネット上の暴露の度が過ぎると、彼も記者も”砂の民”に粛清されます。2人だけなら良いが、粛清の範囲が広がれば収拾がつかなくなる恐れもありました。
 ところがアスクラカンでバスが休憩停車した時に彼女はバスから降り、そのまま子供に誘われてバスターミナルを離れました。部下が尾行すると彼女は農地の外れで一人の男に会い、森へ入って行きました。」

 テオはレンドイロやペドロ・ウェルタから聞いた話とアブラーンの話に矛盾がないか注意して聞いていた。当事者であったレンドイロは疲労と恐怖で少し記憶が混乱していただろうし、ウェルタは”操心”での自白なので訊かれたことの返答しか語っていなかった。ウェルタが見た「レグレシオンの男を襲ったジャガー」は何者だったのか。
 アブラーンが酒を一口飲んで休憩した。礼儀としてケツァル少佐もロホもアスルも黙って彼が話を再開するのを待っていた。テオは焦ったかったが、ここで”ヴェルデ・シエロ”達の機嫌を損ねたくなかったで我慢した。カサンドラが気を利かせて冷たいソフトドリンクを注文した。飲み物が来て、給仕が個室を出て行くと、やっとアブラーンが話の続きを始めた。

「アスクラカンの森には、地元民がクアラと呼ぶ遺跡があります。ケツァル少佐とドクトル・アルストは実際に行かれたので説明を省きますが、一族の祖先が築いた町の遺跡です。男はレンドイロをそこへ連れて行って七柱を用いた建造物崩壊の仕組みを語らせようとしたのです。つまり、その男は、レグレシオンと呼ばれる反政府過激派組織の一員でした。レンドイロを尾行していた私の部下は先回りして、クアラの番を先祖代々しているウェルタと言う”ティエラ”の男に女を奪えと命じました。ウェルタは命令通り過激派の男から女を逃がしましたが、部下が過激派の後始末をしている間に女を見失いました。」
「後始末って・・・」

 テオはうっかり口を挟んでしまった。ウェルタが自白させられた時に「レグレシオンの男はジャガーに殺された」と言ったことを思い出したのだ。”ヴェルデ・シエロ”は滅多にナワルの状態で人を殺さない筈だが。
 アブラーンが溜め息をついた。白人は礼儀を守らないなぁと諦めた顔だ。彼は説明した。

「部下はジャガーを召喚したのです。動物のジャガーです。一族のナワルではありません。」

 テオは思わずケツァル少佐を見た。”ヴェルデ・シエロ”は一族の人間だけでなく動物も呼べるのか? 少佐は彼の視線を無視した。ロホもアスルも何もコメントしなかった。

「ウェルタは部下に女を見失ったと報告し、部下は森で彼女を捜索することを諦めました。過激派の男の血で汚された森の浄化に気を使い果たしたからです。そして我々はベアトリス・レンドイロは森で迷って命を失ったのだろうと考え、女の件はそこで終わったと判断しました。まさかウェルタが彼女をクアラの生贄の部屋で監禁していたとは想像していませんでした。」
「我々は遺跡の番人とは殆ど接触しませんから。」

とカサンドラが言い訳した。その時、初めてアスルが発言した。

「マスケゴの方々は、どこの遺跡にも番人を置かれているのですか?」

 カサンドラとアブラーンが同時に首を振った。

「若きオクターリャ、そこまで我々は手を回せないのです。はっきりムリリョ家が建設に携わった場所にのみ番人を置いています。他のマスケゴの家が建てた場所まで我々は世話をする余裕がない。過激派がクアラに目を付けたことは、レンドイロにとって幸運だったと思って欲しいぐらいです。他の家が建設した遺跡へ誘い出されていたら、彼女は既に生きていなかったでしょう。」
「ウェルタはあなた方に女の行方に関して嘘をついた訳ですね。」

とケツァル少佐が初めて口を挟んだ。カサンドラが悔しそうな表情で頷いた。

「少佐があの男を捕縛されたそうですが、記者を監禁した件に関してどんな言い訳をしていましたか?」
「ジャガーへの生贄のために捕まえていたと言いました。レンドイロに対して性的虐待をした形跡はなく、彼女もそれに関しては言及していません。」
「確かに、あの場所は生贄を祭祀の時まで留めおく部屋でした。しかし本来の期間は2日か3日です。1ヶ月も監禁する場所ではありません。長期の監禁場所は地上で、神殿から離れた所に牢獄があった筈です。あまりに時が長く、番人にも正確な建物の役割が伝わっていなかった。それにウェルタは生贄を扱う資格を持っていません。”ティエラ”の番人でしかないのですから。」

 アブラーンが呟いた。

「あの男の件は父の耳に入っています。マスケゴの長老として父がどう判断するか、我々の口出し出来る段階ではなくなりました。」

 テオはアブラーンもカサンドラも父親が”砂の民”であることを知っているのだろうか、と疑問を感じた。”砂の民”は家族にもその役割を教えないと言う。子供達は父親のナワルがピューマであることを知らないのか? しかし、ムリリョ家の養い子であるフィデル・ケサダは養父の正体を知っている。いや、ムリリョ博士が自ら彼に明かしたのだ。フィデルの出自を教えた時に。
 クアラ遺跡の番人ペドロ・ウェルタは「行き過ぎた」行為をしてしまった。ムリリョ博士や長老会のメンバー達は彼にどんな判決を下すのだろう。ウェルタは誘拐犯として憲兵隊に逮捕され、今は裁判を待つ身だ。

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