次の日の午後、グラダ・シティにある大統領警護隊本部に1台のタクシーが到着した。タクシーは1人の軍人を下ろすと、そそくさと逃げるかの様に本部敷地から出て行こうとした。ゲイトで止められた時は不安に満ちた顔のドライバーだったが、「忘れ物だ」と料金を渡され、気絶しそうな程安堵の表情になった。国境の町クエバ・ネグラからの往復の運賃をもらい、ドライバーはロス・パハロス・ヴェルデスは想像したより怖くない人々なんだな、と思った。
タクシーから降りた軍人の方も緊張の面持ちで早朝に指示された司令部の建物へ向かった。訪問者用入口でI Dを提示して名乗った。
「北部国境警備隊クエバ・ネグラ検問所警備班、ルカ・パエス少尉です。副司令のご指示で出頭しました。」
彼を呼んだのはエルドラン中佐だったが、もし勤務交代の時間が過ぎていればトーコ中佐が副司令官室にいる。パエス少尉はどちらの中佐に会えば良いのか少し戸惑っていた。勤務交代すれば非番になったどちらの中佐も官舎へ入ってしまうのだと知っていた。受付の警備班将校は彼に副司令官室へ行くよう告げただけで、どちらの副司令官がいるのか情報をくれなかった。
パエス少尉は緊張したまま通路を歩いた。太平洋警備室から国境警備隊への転属を命じられた時は、リモートによる指令で、サン・セレスト村から直接新しい任地へ赴いた。グラダ・シティに行くことはなかった。本部帰還は太平洋警備室に配属された若き日以来だ。だが訓練施設も警備班の宿舎も神殿の礼拝広間も全て鮮明に記憶に残っていた。
あれから20年近く経っているのに、ここは全く変わっていない・・・
彼はすれ違う事務官と何度か敬礼を交わし、副司令官室の前に立った。軍服の埃を払い、皺を伸ばし、背筋を伸ばしてからドアをノックした。「入れ」と低い声が聞こえた。
パエス少尉が入室すると、そこにエルドラン中佐とパエスが知らないずんぐりとした将校がいた。ずんぐりした将校の肩章は少佐だ。中佐は座ったままだったが、少佐が立ち上がって自己紹介した。
「遊撃班指揮のセプルベダ少佐だ。楽にして座りたまえ。」
パエス少尉は敬礼して、指された椅子に座った。エルドラン中佐が声を掛けた。
「遠路遥々来させてしまい、ご苦労だった。申し訳ないが、ゆっくり近況を聞く時間があまりない。レグレシオンを知っているな?」
パエス少尉は頷いた。
「スィ。武器の密輸を行う恐れがあるグループの一つとして警戒しております。」
「そのレグレシオンが国内で爆弾を製造し、公共施設に仕掛けた恐れがある。既にシティ・ホールで7個回収したが、逮捕者達はまだ残っているのか、もうないのか、口を割らない。”操心”で自白させた爆弾がシティ・ホールのものだけだった。しかしまだ逮捕されていないメンバーもいる。」
パエスは上官が彼に何を求めているのか理解出来ず、ただ無言で中佐の額を見つめた。
「君は機械いじりが得意だそうだな?」
「恐縮です。得意と申しますか、機械の方から私にどうすべきか伝えてくれる様な気分で触っています。現在の任務ではあまり使う機会がありませんが・・・」
「要するに、君は機械の光が見える訳だ。」
エルドラン中佐の言葉にパエス少尉は黙り込んだ。”ヴェルデ・シエロ”に伝わる古い言葉で、「・・・の光が見える」と言うフレーズがある。ある特定の分野に秀でた人間は、その分野に関係する物質が発する光を見分けられると言うものだ。”ヴェルデ・シエロ”なら誰でも、と言うことではない。本当に名人級の職人でしか見えない、尊敬を込めた言葉だ。そして実際にその名人は光が見えるのだと言う。
パエスがやがて尋ねた。
「私に爆弾を探せと?」
エルドランは次に彼が言うであろう言葉を察していたので、先にそれを遮った。
「現場に君が行く必要はない。何処にあるのか、存在するのかわからぬ物を実際に出かけて行って探す必要はない。」
「では?」
「神殿の祈りの間で、探せ。」
セプルベダ少佐が言葉を添えた。
「”名を秘めた女性”がお手伝いして下さる。」
パエスは新たな緊張を覚え、全身に震えが来そうになって必死で耐えた。
「私に出来るでしょうか?」
「試してみなければわからぬ。だが、ケツァルとガルソンが、君なら出来ると推薦している。」
パエス少尉は眉を上げた。驚いたのだ。
「ケツァル少佐とガルソン大尉・・・いや、ガルソン中尉が?!」
既にセプルベダ少佐はドアまで歩いていた。
「直ぐに神殿へ行こう。”名を秘めた女性”がお待ちかねだ。」
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