2022/04/25

第6部  虹の波      14

  レストラン、フラウ・ルージュを出ると、テオと3人の大統領警護隊隊員はケツァル少佐のベンツの中に入った。しかし少佐はすぐにエンジンをかけることはせず、暫く座席の背もたれに体重を預け、ぼんやりフロントガラスの向こうの夜景を眺めていた。後部席に座ったアスルとテオも眠くなって、そのまま目を閉じたら落ちてしまいそうだ。ロホだけが腕組みをして何か考え事をしている風に助手席に座っていた。
 数分後にロホが口を開いた。

「私は建築学の勉強をしていないので、当てずっぽうで意見を言います。」

 少佐が囁いた。

「どうぞ。」

 テオは聞き耳を立てた。アスルは目を閉じたままだ。ロホはいつもの静かな口調で語り出した。

「古代神殿の七柱は崩壊の為に立てられたのではなく、神殿を支えるのが本来の目的だった筈です。だから、崩壊させなければならない事態に陥った時でなければ倒れない様に立てられていた。倒すためには、柱が倒れる順番が決まっていて、その順番通りに倒さなければならない。ただ7本全部を倒しただけでは神殿は崩れなかった。順番を守らずに倒して崩れなければ、他の柱も全て倒さなければならなかったのです。ですから、現在遺跡となっている神殿跡を見ても、七柱の仕組みを用いて崩壊させたのか、地震や故意に破壊して柱を無闇矢鱈折った結果崩壊したのか、判明しないのです。恐らく建設したマスケゴ族の技術を伝承された者にしか見分けがつかないでしょう。雑誌記者や過激派が遺跡を見ても七柱の仕組みなど解明出来ないのです。
 しかしレグレシオンは破棄工作に自信を持っていた様です。恐らく現代建築工学の観点から爆弾を仕掛ける場所を計算で出したのでしょう。我が国の憲兵隊は優秀です。”シエロ”でなくても仕事は完徹させます。彼等は昨日グラダ・シティ・ホールに仕掛けられた7個の爆弾を発見、解除しました。」

 え? とテオは驚いた。そんなニュースは聞いていなかった。その証拠にケツァル少佐が首を動かして部下を見た。

「私は知りませんでしたよ。」
「私も1時間前迄知りませんでした。」

とロホはケロリとして応じた。

「カサンドラ・シメネスが”心話”で教えてくれたのです。」

 へぇ、と寝ていた筈のアスルが声を出した。

「女性にモテるお方は得だね。」
「アスル!」

 ロホが後部席を振り返って睨みつけた。少佐が咳払いしたので、彼は慌てて前へ向き直った。

「レグレシオンは他にも爆弾を仕掛ける計画だった様ですが、憲兵隊の動きが早かったので、彼等のアジトで未完成の爆弾や材料を押収した様です。勿論、何処かに仕掛けられた物がないか、現在も逮捕者を追及中です。捜査もしています。」
「1個でも残っていれば大変です。」

 ケツァル少佐が考え込んだ。レグレシオンのメンバー全員を逮捕出来た訳ではないだろう。明確な組織構成を持たない過激派だ。取り逃したヤツもいると考えた方が無難だ。あんな得体の知れぬ敵を相手にする時、”ヴェルデ・シエロ”はどんな対抗策を用いるのだ?
 テオが思考の森に入りかけた時、少佐が何かを思いついた。

「そうだ、彼がいるではありませんか!」


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