2022/04/04

第6部 七柱    26

  ケツァル少佐は車の運転席に座ると、これから病院へ行きます、と言った。テオは刺されたチャールズ・アンダーソンに面会に行くのだとわかった。

「だが、何処の病院かわかっているのか?」
「クエバ・ネグラに病院は1箇所しかありません。」

 単純な回答だった。テオは黙った。少佐はハイウェイを南下して、5分も経たぬうちに横道に入り、古い鉄筋コンクリートの3階建の建物がある敷地内に車を乗り入れた。やたらと大きな旧式の救急車が2台あり、1台はアメリカの、もう1台はドイツの車だった。外国の古い車を購入して使用しているのだ。
 車から降りると彼女はテオに頼んだ。

「これから”操心”を使って尋問します。その間、病室に人が近づかないよう、見張ってくれますか?」
「O K! 個室だと良いがな・・・」

 建物は古かったが、内部は明るかった。窓は海側ではなく山側を向いていた。ハリケーンを警戒して建ててあるのだろう。
 少佐は受付で大統領警護隊のI Dを提示して、チャールズ・アンダーソンの容態を尋ねた。受付の女性は医師に電話をかけた。大統領警護隊が来ていると伝えられたので、医師が数分後にはやって来た。アンダーソンは腹部を一回刺されたが、急所が外れたので一命を取り留めた、容態は安定しているが、面会はまだ無理だ、と言った。少佐が言った。

「顔だけ見せて下さい。」

 それだけで、医師は面会を許可した。テオは彼女が”操心”を使ったなと思ったが、黙っていた。
 彼等は医師について2階の術後観察室に行った。最新医療設備がある訳でなく、普通の病室だった。アンダーソンは点滴のチューブや酸素マスク、心電図のコードを装着されて寝ていた。意識があり、訪問者が医師と少佐とテオドール・アルストだと認識すると、目から警戒の色を解いたので、テオは素人ながら、彼が正常な思考が出来る状態だ、と判断した。
 医師が部屋から出て行った。ケツァル少佐がアンダーソンに近づいた。

「ブエノス・ディアス」

と声をかけると、アンダーソンが頷いた。彼は自分でマスクを外した。少佐が彼の目を見つめて囁いた。

「カラコルの海の底に、何を求めているのです?」

 アンダーソンがちょっと全身を震わせた。”操心”に抵抗する時の人間の反応だ。素直にかかる人はそんな反応を見せないが、抵抗する人がたまにいる。自分を保つ意志が強いのだ。テオは抵抗する人間の半分が拷問に耐える訓練を受けた者だと知っていた。
 アンダーソンは5秒程抵抗して、落ちた。

「古代のセルバ人は核を保有していたと考えられる。」

と彼は囁いた。テオはびっくりした。思わず彼に声をかけようとして、尋問中だと思い出し、口を閉じた。アンダーソンは続けた。

「岬の地下に核爆弾が仕掛けられていたと考える学者がいる。敵が攻めてきたら、それで岬ごと破壊して壊滅させるのだ。しかし実際に使われることなく、爆弾は忘れられていた。それが8世紀の地震で爆発し、岬が沈んだ・・・」

 彼は口を閉じた。大きく息を吸い、腹部の傷の痛みで少し顔を顰めた。鎮痛剤が効いていても痛いのだろう。そして痛みで彼は我に帰った。不安気に少佐を見上げた。自分が何を喋ったのか、ほんの数秒前の記憶がないのだ。
 少佐が優しく声をかけた。

「カラコルの海底は完全に陥没し、水と泥と石で埋まっています。何も残っていません。モンタルボは掘削の許可を得ていないし、セルバ政府はサンゴ礁の破壊を許可しません。貴方が撮影出来るのは、海の底で石材の欠片や壺の欠片を拾い集めるダイバーの姿だけです。」

 少佐が顔を向けたので、テオもベッドに近づいた。

「ロイドも同じ考えで、モンタルボに近づこうとしたんだね?」
「スィ。」
「古代の民族が核爆弾を持っていたとなれば、世界中に大きな衝撃が走るだろうな。考古学だけの話で済まなくなるもんな。だけど、それは夢物語だ。セルバにはウランも核燃料になり得る地下資源もない。核実験した遺跡もない。貴方やロイドにそんな戯言を吹き込んだ学者ってのは、誰だい?」

 アンダーソンが一人のアメリカ人の名前を口に出した。それを聞いたテオは脱力した。

「その男はインチキ予言や占いでテレビに出まくって、3年前に視聴者から訴えられて行方をくらませた詐欺師じゃないか! あんた、あいつの言葉を真に受けて会社の命運をカラコルの発掘撮影に賭けたのか?」

 馬鹿じゃないか、と言う思いがテオの頭に浮かんだ。もっと何か政府の思惑が絡んだ陰謀を想像したのだが、世の中にはテレビや本で得た知識を本気で信じ込んで常識を逸した行動を取る人間がいる。
 アンダーソンがベッドに横たわったまま涙を流し始めた。

「核を使用した痕跡だけでも見つけられたら、と・・・」
「ロイドも同じ目的だったんだな?」
「まさか同じことを信じてやって来る人間がいたなんて・・・」

 彼は苦痛で顔を歪めた。少佐がナースコールのボタンを押した。そしてテオの手を掴んだ。

「行きましょう。もうこの人達と関わりたくありません。」


 

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