「次に、オルガ・グランデの男について話さなければなりません。」
とアブラーン・シメネス・デ・ムリリョは言った。ベンハミン・カージョのことだ。
「あの男は占い師として日銭を稼いでいた様ですが、他人の未来を占うことも見ることも出来ない筈です。未来を見ることを許されているのは、ママコナだけですから。占いも詐欺まがいの行為だったのでしょう。所謂、”出来損ない”ですから、”シエロ”ではなく”ティエラ”として真っ当に働いて生きる方が楽な人間です。しかし、”シエロ”の血にしがみついている。 」
「しかし・・・」
またテオはうっかり口を挟んでしまった。アブラーンが睨んだが、彼は構わず喋った。
「カージョは一族にも”ティエラ”の社会にも不満と不審を抱いている様子でした。自分が何者なのか、決めかねているのでしょう。」
「彼の年齢にもなって決めかねると言うのは意思が薄弱な証拠です。」
とアスルがボソッと言った。ロホが苦笑の笑みを浮かべたが何もコメントしなかった。ケツァル少佐が連れの男達の余計な口出しを謝罪し、続けて下さいとアブラーンを促した。アブラーンも「話が長くなって申し訳ない」と謝ってから、話を再開した。
「カージョがレンドイロ記者とネット上で古代神殿の建築方法について議論したのは、特にこれと言った目的があった訳ではなかったのでしょう。しかしレグレシオンが彼等の会話を見つけてしまい、彼等が興味を抱いていたことと同じテーマだったので、接触を図ったのです。カージョは、彼と会う約束をしていたレンドイロが行方不明になった後でしたから、警戒して姿を隠しました。だからレグレシオンは彼のルームメイトを拷問して彼の居場所を聞き出そうとし、死なせてしまいました。
同じ頃、アメリカから、古代の民族が核爆弾を開発したと言う妄想に囚われた男がやって来ました。」
「マックス・マンセル」
テオが名前を出すと、アブラーンは仕方なく頷いた。
「そのマンセルと言う男はレグレシオンとどんな関係にあったのか知りませんが、オルガ・グランデに現れ、古い坑道を探し始めました。恐らく町に古くから伝わる”暗がりの神殿”、一般に”太陽神殿”の名で知られている場所を探していたのでしょう。私は”砂の民”ではありませんが、彼等が仕事をすればその結果を知ることが出来る立場にいます。オルガ・グランデの”砂の民”達はマンセルの行動を疎ましく感じたのです。だから、マンセルを排除する為に、カージョを探していたレグレシオンにマンセルの存在を教えました。」
テオは、”砂の民”が過激派組織にマンセルを粛清させたのだと気がついた。いつものことながら、彼等の仕事は耳にして気持ちの良いものではない。その時、ロホが初めて口を挟んだ。
「”砂の民”の仕事に文句をつけるつもりはありませんが、レグレシオンはマンセルをオエステ・ブーカ族の村の川で殺害しました。結果、川が死の穢れを被ってしまい、私は祓いをしなければなりませんでした。オルガ・グランデで仕事をされた方に直接申し上げることは出来ませんし、今この部屋の中にいる方々にも関係ないことではありますが、粛清の結果、不都合が起きることもあると、心に留めて頂きたいです。」
アブラーンが厳粛な表情で大きく頷き、それを了解したことを態度で告げた。
「長老会に伝えておきましょう。」
カサンドラが言った。
「カージョが今何処でどうしているか、私達にはわかりません。彼は私達には直接の害がない人間ですが、マスコミに捕まったら何を喋るか予想がつきません。恐らく、”砂の民”も同じ様に考えていることでしょう。」
テオは新たな不安を感じた。
「彼を粛清すると言うのですか?」
「今すぐではないと思いますが、監視をつけていると思います。」
アブラーンが溜め息をついた。
「我が家系は純血至上主義で知られています。ただ、子孫を保つ為に”シエロ”は純血ではいられない、それは理解しているつもりです。純血種と”出来損ない”の扱いの差が、カージョの様な不穏分子を生み出すのです。もう少し風通しの良い一族とならなければなりません。私も含めて、年寄りは反省すべきです。」
まだ中年のアブラーンがそう言うので、誰もが苦笑するしかなかった。
アブラーンはこの会食のまとめにかかった。
「我が家系、我が部族は古代の秘密を守る為に現代の人間を害したりしません。考古学者が何を見つけようと、それが現代社会に影響を及ぼす恐れはないからです。ですから、文化保護担当部はこれからも学術的研究に協力してやって頂きたい。我々は妨害しません。それを理解して頂きたい、それだけです。」
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