2022/04/06

第6部  赤い川     2

  ムリリョ家の一階の庭園に設けられたプールの周囲はライトアップされていた。長いテーブルの上に料理や飲み物が並べられ、ポップな音楽が賑やかにその場を盛り立てた。踊ったり、歌ったり、食べたり飲んだりしているのは、若者達だ。現当主アブラーン・シメネス・デ・ムリリョの次男坊が留学先のフランスから帰国して、彼の兄弟姉妹、従兄弟姉妹、近所の幼馴染を集めてパーティーを開いているのだった。招待されているのは全員”ヴェルデ・シエロ”だ。純血至上主義者ファルゴ・デ・ムリリョの孫らしく、招待した友人は全員純血のマスケゴ族、或いはマスケゴ系のブーカ族や他の部族の若者達で、異人種の血が入った者はいない。だが流れている音楽は白人の音楽だし、アフリカ系の音楽もあった。若者達は異文化を一向に気にしない。楽しければ良いのだ。
 ファルゴ・デ・ムリリョは3階のテラス庭園、即ち2階の家の屋上庭園で椅子に座ってシエンシア・ディアリア誌に掲載された直近のベアトリス・レンドイロの記事を読んでいた。照明は薄暗かったが、”ヴェルデ・シエロ”の彼には十分だった。彼と屋外用テーブルを挟んで座っていたのは、末娘の夫フィデル・ケサダだった。雑誌は彼が持ち込んだもので、義父が記事を読み終えるのを静かに待っていた。
 ムリリョ博士は雑誌をテーブルの上にバサリと音を立てて置いた。

「見飽きた内容だな。」

と彼は呟いた。

「手下を動かす必要もない。遺跡を見て我々の祖先が実在したことを証明したがっている、それだけだ。我々がここで生きていることに触れてもいないのだからな。」
「スィ、その記者は放置しておいても害にならぬ存在でした。闇に動く者がわざわざ仕事をするとも思えません。」
「では、何故ンゲマが騒いでおる?」
「行方不明になった記者は、彼が雨季明けに発掘するカブラロカ遺跡を取材する予定でした。彼女の消息が途絶えたので、雑誌社が騒ぎ出しました。ンゲマは、もし彼女がゲリラに誘拐されたり野盗に襲われたりしたのであれば、遺跡発掘の開始が遅れるのではないかと心配しているのです。」
「ケツァルは発掘の中止を考えているのか?」
「まだです。彼女は憲兵隊に記者の捜索を任せました。遺跡とは関係ない事案だと考えている様です。」

 ムリリョ博士は雑誌をチラリと見た。

「その女は何処で消息を絶ったのだ?」
「彼女を最後に見た人間の証言では、アスクラカンで女はいなくなったそうです。」
「その証人は信用出来るのか?」
「ドクトル・アルストです、義父上。」

 ムリリョ博士が視線を養い子に移した。ケサダ教授は説明を追加した。

「アルストは雨季休暇をエル・ティティの養父の家で過ごします。そこへ向かうバスの中で、女記者と出会ったとケツァルに語りました。彼女は彼にオルガ・グランデへ行くと言ったそうです。バスはアスクラカンで長時間停車します。大半の乗客はバスから降りて休憩します。再びバスが動き出した時、彼女はバスに戻って来なかったとアルストは証言しました。」

 ムリリョ博士は彼等がいる庭園の縁から見えるプールの青い水の輝きを眺めた。

「アスクラカンか・・・」

と彼は呟いた。

「またパジェの家系が絡んでいるのではなかろうな?」

 ケサダが黙っていると、不意に博士が「フィデル」と彼の名を呼んだ。教授が「スィ」と答えると、ムリリョは言った。

「最近、お前はアスクラカンへ行ったか?」
「ノ。」

 ケサダは平然と答えた。最近、とはいつのことだ?と思いつつ。
 ムリリョは階下の大騒ぎしている若者達を見て、眉を顰めながら言った。

「お前はグラダ・シティから出てはならん。儂が良いと言う迄、ここに留まっておれ。」





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