2022/04/14

第6部  赤い川     15

 オルガ・グランデ陸軍基地に向かう車中で、ロホが疑問を呈した。

「族長のサラテもガルシアも、川の上流で死んでいた人の身元に関して何も言いませんでした。彼等が川を汚す筈がないので、あの死体をあの場所に放置したのは地元民ではありません。そして死んでいた人は村の住民でもない。では誰が誰を殺したのか? 何故あの場所なのか? 厄介なことです。」
「行き倒れじゃないよな?」
「村へ行くなら兎も角、こんな外れの道へ入る他所者はいないでしょう。」
「だが、死体を捨てるとなると、ガルシアさんの家の前を通る訳だろう? 見られずに通れるだろうか? ガルシアさん達は”ヴェルデ・シエロ”だ。夜中に通ったとしても、車の音が聞こえるだろうし、窓の外も見えるだろう?」
「確かに・・・」

 自分達が追っているベアトリス・レンドイロ記者行方不明事件と関係があるのかないのか、それすら不明だった。
 テオは満腹だったので欠伸が出た。

「君は俺の護衛で来てくれたのに、面倒な仕事を増やしちまってすまない。」
「何を言うやら・・・」

 ロホが苦笑した。

「最近少佐の代理でデスクワークばかりしていたので、羽根を伸ばせると嬉しかったんですよ。」

 自分で動くのが好きな指揮官の副官として働くと、時にオフィスの留守番ばかりになるのだ。ロホだってまだ若いし、外で活動するのが好きな性格だから、毎日書類を読んで署名するだけの仕事は飽きる。テオも大学で講義したり野外に学生を連れて動植物の細胞を採取する方が、職員会議や報告書作成や学生の論文チェックをするより好きだ。
 車がやっと凸凹道から舗装道路に出た。真っ暗で車のヘッドライトしか灯りがないが、ロホは対向車がいないので、スピードを上げて車を走らせた。

「カージョはまた君が呼べば出て来ると思うかい?」
「政府に不満を抱いているそうですから、2度目は無理でしょう。」
「”砂の民”を呼ぶのも無理だろうな?」

 ロホが運転しながら、チラリとテオを見た。

「向こうの名前がわからないと無理です。私はママコナじゃありませんからね。」

 テオは黙り込んだ。
 夜中近くに陸軍基地に戻った。大統領警護隊の控室は空気が冷え切っており、テオは数台置かれているベッドの毛布を集めて、ロホと分け合った。尤もロホは毛布を重ねると重たいと言って、敷布代わりにしてしまった。
 夜間の歩哨の声だけが響く静かな夜が更けていった。
 朝は起床ラッパの音で目が覚めた。ロホが綺麗好きなテオの為に風呂の順番を確保してくれた。2人で一緒に裸になって入浴した。ロホの左肩にうっすらと傷跡が残っていた。反政府ゲリラ、ディエゴ・カンパロに刺された跡だ。普通の人間なら後遺症が残る程の深傷だったが、”ヴェルデ・シエロ”は元通りの腕の機能を取り戻した。今では肌に僅かな白い跡が残っているだけだ。それでもテオはそれを見ると、いつも胸の奥が熱くなる。テオの命を、ロホが命懸けで救ってくれた証だ。ロホはすっかり忘れた様な顔で、汚れた衣類を洗濯に出すべきでしょうか、と惚けた質問をしてきた。テオは笑った。

「俺はエル・ティティでは洗濯屋のバイトもするんだ。朝飯の後でシャツを洗ってやるよ。」

 アパートで一人暮らしをしているロホは、汚れ物が溜まるとコインランドリーに行くのだと言った。基地にもコインランドリーがあったが、常に兵士達が使っていて、空いている時間がなかった。
 大勢の兵士達と一緒に朝食を取り、洗濯をした。空気が乾燥している土地なので、シャツ程度ならすぐに乾く。乾くのを待ちながら、テオとロホはその日の行動を相談した。
 ベンハミン・カージョのルームメイト殺害事件の捜査がどんな進み具合か知りたかったので、憲兵隊基地へ行くことに決めた。

   

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