2022/04/20

第6部  虹の波      6

  川と呼ぶには浅い流れだったが、水流を見つけて、そこで休憩を取った。レンドイロはそこで体を洗い、少佐が持ってきていたシャツと短パンに着替えた。ジャングルを歩くには不向きな服装だが、他に衣類がないので仕方がない。レンドイロの身支度が終わってから、遅い昼食とも早い夕食とも区別がつかない食事を取った。レンドイロは空腹だったに違いないが、飢餓の後でいきなり食事を取るのは危険だと知っていたらしく、少量の乾パンを水で浸して舐めるようにして食べた。
 テオが質問した。

「バスの中で俺と出会ったことは覚えていますか?」
「スィ。アスクラカンで下車する迄、ご一緒しました。」
「バスを下車してから、どうされたのです? 貴女がバスに戻って来なかったので、俺は何か用事でも出来たのかと思いました。貴女が行方不明になっていると、少佐から連絡をもらったのは10日も後でした。」

 レンドイロがケツァル少佐を振り返った。

「誰が貴女に私のことを通報してくれたのです?」
「貴女が消息を絶って8日後に貴女の会社が騒ぎ出し、貴女が取材予定だったンゲマ准教授に問い合わせがありました。ンゲマ准教授は貴女が遺跡の下見にでも行ってゲリラか何かに誘拐されたのではないかと心配し、文化保護担当部に相談して来たのです。」

 この段階では、まだオルガ・グランデで起きたことを少佐は雑誌記者に伝えなかった。レンドイロの身に起きたことだけを今は知る必要があった。

「きっと家族や友人を巻き込んで心配をかけてしまったのでしょうね。」

 雑誌記者はしょんぼりして言った。

「私の愚かさが招いたことです。バスから降りてお手洗いに行きました。出てきたところで、子供に声をかけられたのです。その男の子は私の会社の雑誌を持っていて、私の写真入りの記事を広げて見せ、私であることを確認して来ました。私がそうだと答えると、誰も知らない遺跡を知っている、柱が7本あった遺跡だ、とその子は言いました。」
「信じたのですか?」
「子供がジャングルの奥へ行けると思いませんでした。だから、お父さんか叔父さんが見つけたのかと訊いたんです。子供はそうだと答え、叔父さんと言う男性のところまで連れて行ってくれました。お駄賃は要求されましたけど。農地の外れでした。泥棒避けの監視カメラがありました。」
「叔父さんと言う人はどんな人でした?」
「普通の農民に見えました。言葉で遺跡の場所を説明しようとしたので、地図を出して見せたら、地図は読めないと言いました。それで、監視カメラにも私達の姿が写っているので、油断してしまい、男について森に入りました。」

 監視カメラは二日おきに上書きされて何も記録が残っていない。しかし、それもここでは彼女に伝えなかった。

「森の中に入って、1時間ばかり歩いたところで、騙されているのではないかと不安になりました。それで、携帯を出して位置を確かめようとしたら、男が私の行動に気づいて電話を取り上げようとしました。私が声を上げた時、別の男が現れたのです。」
「別の男ですか?」
「スィ。彼は子供の叔父と名乗った最初の男を殴りつけ、男達はその場で争いになりました。私は怖くなり、逃げました。来た道を逃げたつもりだったのですが、方角を間違えて、迷ってしまいました。森の中で遭難してしまったのだと絶望しかけた時に、2人目の男が私を追って来ました。彼が敵なのか味方なのか、私は判断出来ず、彼に導かれるままにあの遺跡へ行きました。」
「その男はあの遺跡を知っていたのですね?」
「スィ。迷わずあの場所へ案内されました。」
「どんな男でした?」
「服装は最初の男と変わらない、農夫の姿をしていました。農作業をする作業服を着ていたと言う意味です。人種は私と同じメスティーソでした。年齢は30歳前後? 細身で左頬に白い傷跡がありました。」

 レンドイロは指で傷をなぞるような仕草をした。ケツァル少佐とデルガド少尉は心当たりがないのか、反応しなかった。

「男は遺跡に関して何か言いましたか?」
「私が探している”ヴェルデ・シエロ”の遺跡だと言いました。太い柱の跡も7つありました。私が遺跡の名前を尋ねると、クァラと答えました。」

 テオは少佐を見た。少佐が言った。

「クァラは古い言葉で、『ない』と言う意味です。」

 遺跡に名前が付いていないと言う意味なのか、それとも本当にそんな名前の場所だったのか。男が古い言葉を知っているらしいことについては、少佐もデルガド少尉も驚くことではなかった様だ。地方によっては古語が残っているのだ。

「私が、そこに案内してくれた理由を尋ねると、彼はあの穴へ私を案内しました。そして私に穴の底へ降りるよう言いました。正直なところ、私は降りたくありませんでした。何とかして彼に町へ案内してもらおうと説得にかかったのですが、彼は降りろの一点張りで、怖くなった私は仕方なく彼に従いました。そして、貴方達に発見されるまで、あの暗闇の中で監禁されていたのです。」
「彼は監禁した理由を言いましたか?」

 テオは彼女が性的乱暴を受けていないことを雰囲気で感じ取っていた。レンドイロは疲弊しきっていたし、体調も良くなさそうだったが、気力はまだ残っていたし、テオとデルガドの手が触れても怖がらなかった。だから、却って彼女が監禁された理由がわからなかった。
 レンドイロは首を振った。

「私にはわかりません。私を鎖で繋ぐ理由を尋ねましたが、彼は答えてくれませんでした。食べ物と水だけくれて、一日に一回だけ用足しにあの部屋へ連れて行かれました。それ以外は話もせず、穴の外へ出て行き、戻りませんでした。私は地下で飼われていただけだったのです。」
「貴女を最初に森に連れ込んだ男がどうなったのか、尋ねてみませんでしたか?」
「そんな心の余裕はありませんでした。あの男と仲間なのかと一度だけ尋ねましたが、返事はありませんでした。」

 レンドイロは喋り疲れて、大きな溜め息をついた。デルガド少尉が木の上に寝床を作り、彼女をその上へ押し上げた。
 空は既に薄暗くなりかけていた。今夜は野営だ。”ヴェルデ・シエロ”は焚き火を必要としない。ケツァル少佐が別の木の上に足場を作り、テオを上げてくれた。デルガドもレンドイロが休む木の上の枝に居場所を作った。テオが少佐に囁きかけた。

「レンドイロを捕まえた男は明日も来ると思うかい?」
「わかりません。私達が遺跡に近づいた気配を感じ取って戻らない可能性もあります。」
「何者だろう?」

 少佐は肩をすくめただけだった。



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